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*ぼくのセンセー


 その日、GEのメンバーは新曲のプロモについての打ち合わせのためにJ.S.Sの事務所に集まっていたが、運悪く渋滞に巻き込まれたエリザベスから到着が遅れるとの連絡があったため、彼女を待つ間、三人は各々自由な時間を過ごしていた。
 タクミはテーブルに積まれた雑誌を流し読みし、シンは数学の教科書を眺めながらノートにペンを走らせ、そして八雲は携帯電話をいじくりまわしていた。メールを打っている訳でも、ゲームをしている訳でもなく、ただ執拗に開けたり閉めたりを繰り返している。
「携帯ばっか気にして、どうしたんだヤクモ?」
「ん~そろそろセンセーが来る時間かなぁって」
 不思議に思ったタクミが問うと、八雲は携帯電話のディスプレイに視線を向けたまま答えた。
「へぇ、またあの先生来るんだ?」
「うん、今日もお勉強するんだって~」
「いくらヤクモが授業に出られないからって、わざわざ休みの日まで来てくれるなんてあの人も熱心だよなぁ」
 感心したように言うシンに、うんうんと頷いた後、タクミはふと思いついたことを提案する。
「ヤクモのついでにシン、お前のも先生に見てもらえば?」
 そう言って、シンの手元にあるノートを覗き込んだ。遠目からも窺えたのだが、どうやらペンを走らせている割には、課題は進んでいないようだった。
「う~ん…ここ、全然分かんないんだよなぁ。そうだな、俺も先生に教えてもらおっかな」
 難解な数式を目の前にして頭を悩ませていたシンが、タクミの提案に乗ろうとすると、八雲がすかさず割り込んだ。
「ええー、なんでシンの宿題も見てもらうのさぁ。センセーはぼくの補習に来るんだよ~?」
「別に少しくらいいいじゃん。あの先生の教え方上手いぜ、すっごく分かりやすい」
「む~。なんで、それを知ってるですか?」
「だって、夏に教えてもらったし」
 シンの言葉に、八雲も思い当たる節があるようで。南の島での出来事が彼の脳裏を過ぎる。
「でもでも、これくらいならタクミでも解けるよねぇ? GEで一番年長さんなんだし」
「俺の教え方は下手らしいからなぁ、それなら先生の方が適任だろ? それともヤクモ、お前が教えられるのか?」
 頬を膨らませる八雲に、タクミは尤もらしいことを言ってみせる。いくら学力が上がってきたとは言え、数学の問題を教えるのは八雲にも少しだけ抵抗があった。
 む~む~と唸る八雲を尻目に、タクミとシンは勝手に話を進めてしまう。
「なんだよぉ~二人して。それにセンセーはタクミやシンの先生じゃないでしょ~?」
「まぁ、そうだけどさ」
「センセーはぼくのセンセーなんだから、タクミたちが先生って呼ぶのはどうかと思いますぞ~!」
「……なんだよ、それ」
「ってか、教師ってことは事実なんだし、俺たちが先生って呼んでも問題はないと思うけどな?」
 おかしな私論を述べる八雲に、シンは閉口するが、タクミは猶も反論した。…実のところ、内心では半分面白がっているのだが、さすがアイドルと言うべきか、その表情は仮面の下に隠したままで。そして、変わらぬ表情を浮かべ、こんなことを言い出してみる。
「じゃあさ、あの人のこと、“北森さん”って呼んでいいのか?」
「え?」
 タクミの発言に、八雲は元々大きい作りをしている二つの目を、一段と丸くさせた。けれど、タクミは敢えて気にすることもなく言葉を続ける。
「もしくは名前呼び、とか?」
「あ、俺、“真奈美ちゃん”って呼びたい!」
「おーいいな、それ」
 口の端を上げるタクミと身を乗り出すように言うシンに、八雲は面白くないとでも言いたげに眉を顰めた。
「ぶーぶー、なんで二人ともセンセーの名前を知ってるのさー」
「なんでも何も、知り合ってどんだけ経ったと思ってんだよ?」
「俺、好きな食べ物も知ってるぜ?」
「え、なにそ――」

 ちゃららら~♪

 得意げに述べるシンを問い詰めようとしたとき、軽快なメロディが八雲の言葉を遮った。
「あっ!」
 その音が手に持った携帯電話から発せられていることに気付くやいなや、素早く通話ボタンを押すと、受話器部分に耳を当てる。その動きは、まさに神技で。
「もしもし? うん、ぼくだよ~」
 発信者に向けられたその声は、アイドルのヤクモのそれとは少し異なり、彼の本心が垣間見られるものだった。それは、どこか甘えた色も帯びていて、先ほどまでの不機嫌な彼は一瞬でどこか遠くへ行ってしまったようだ。
 彼をこんな風にさせてしまう相手が誰であるかは、名を呼ばずとも明白で。だからこそ、容易に察することができたタクミとシンは、八雲と“彼女”とのやり取りを見守った。
「事務所の近くまで着いた? じゃあじゃあ、今から迎えに行くから待っててぴょーん」
 そう言って、まるでウサギのように一度跳ねると、八雲は駆け足で部屋から出て行ってしまう。
 一瞬の出来事に、タクミとシンは目を白黒させるも、八雲の姿はもうそこにはなく。廊下を走る音が部屋の中に響くだけだった。
 それは、彼の心の高鳴りに共鳴するかのようにも聴こえて、なんだか自分たちまで心が躍るような気分になる。
 だんだんと遠くなる足音を聞きながら、残された二人はお互いに顔を見合わせ、今日も楽しくなりそうだと小さく笑った。





 一度は書いてみたかったGE内でのお話です。
 タクミって年齢いくつなんでしょ。大学に通ってるのか、とか地味に気になります(地味言うな)


 2009.6.3.up