*Nachi's turn


 真奈美の雷を食らった双子は一瞬小さくなったものの、その隙をついた那智が、慧の手から真奈美を無理矢理ひっ剥がし、自分の方に抱き寄せた。
「うわっ、那智君!? いきなり何――」
「せんせい、下準備って何をすればいいの?」
「え? えーと、とりあえずご飯を炊いてもらおうと――」
「だってさ。んじゃ、おれたちが帰ってくるまでによろしくな、慧♪」
「お、おいっ、那智!!」
 後ろで呼び止める慧を無視し、那智は真奈美の腕を引っ張って、そのまま部屋を出てしまった。

「慧君だけに任せて大丈夫かな?」
 外まで連れ出された真奈美が、前を歩く那智に問うと、笑顔で答えが返ってくる。
「平気平気、洗剤は使うなって後でメールしとくし」
「……はい?」
「なんでもないから気にしなーい」
「いや、今すごく不吉な言葉を聴いた気が……」
「心配しすぎると皺が増えるぞ〜、せんせい?」
「こらっ、顔を近づけないでってば!」
「あはは、そうやってすぐ赤くなるとこも可愛いね〜」
「もう、からかわないの! ……あ、あと、そろそろこの手も離してもらえない?」
 そう言って、真奈美は自分の腕を掴んでいる那智の手を指差す。
 真奈美の言葉に、一度は「えー」と不満の声を漏らすも、那智は腕から手を離した。しかし、
「ちょ、ちょっと、那智君!?」
「ん、何だよ?」
「手握ってるから、手!!」
 指摘通り、今度は真奈美の手に自分のそれをしっかりと重ねている。
「だって、お買い物デートなんだから手ぐらい繋ぐだろ?」
「いやいやいや、ただの買出しですから!」
「つれないな〜せんせい。あ、でも、今のおれたちってカップルというよりは新婚さんみたいだよね」
「違う方向にランクアップさせるんじゃありません!」
 目を吊り上げる真奈美を見て、那智はからからと笑う。
 真奈美の抗議を無視し、那智はそのまま足を進めていった。繋いだ手もしっかりと握り締めて。
 そんな那智の様子に、真奈美はため息をつきながらも、目を細め、並んで歩いた。那智の強引さを真奈美はこの一年間の付き合いで、十分心得ているつもりだった。だから、これ以上文句を言っても無駄だということも分かっているし、言うつもりもなかった。それは、真奈美自身がこの状況に心地よさを感じている証拠だった。
「せんせいとこうやって歩くのも久しぶりだね」
 のんびりとスーパーに向かって足を進める中、那智は隣で歩く真奈美に視線を移す。
「そうだね、去年の秋は散々振り回されてた気がするけど」
「おれに振り回されるの、イヤだった?」
「ううん、凄く大変だったけど、楽しかったよ」
 那智のバイクに無理矢理乗せられ、一週間近くまともに眠ることさえ許されず、文字通り振り回されたこともあった。休日も那智とよく過ごしていたと思う。
「そう? おれも結構楽しんでたけどさ、目的が暇潰しとか憂さ晴らしとかだったからな〜」
「……言い切っちゃうところが、那智君らしいね」
「あははっ、何を今更〜。おれの根性がひん曲がってるのは分かってることだろ?」
「うん、それは痛いほど」
 自覚しているからこそ、開き直りにも似たものがあり性質が悪い。しかし、彼の浮かべる笑みは、あの頃のものとは大きく異なっていた。本質は変わらなくとも、彼自身の周囲を見る目が変化したからかもしれない。
 大丈夫、彼はもう“夜の闇”には帰らない。那智の瞳を見て、真奈美の中にある、そんな確かな自信が更に大きくなった。
「これからは純粋に楽しむために出かけたいな〜」
「そうだね、その方がずっと楽しいよ」
 頷く真奈美に、那智は繋ぐ手に少しだけ力を込めて訊ねる。
「せんせい、これからもおれに付き合ってくれる?」
「うん、もちろん。あっ、そうだ、今度七瀬先生と見つけた日用品が安いお店を教えてあげるね」
「……あのさ、おれが言ってることちゃんと理解してないだろ?」
「え? そんなことないよ」
「………………うそつけ」
「なっ、うそって何よ!」
「はぁ〜、別にいいけどさっ」
 訝しむように自分を見上げる真奈美に、ため息をつきつつも答える。
 言葉だけでは伝わらない。行動だけでも物足りない。
 どうしようもないくらいお人好しで、ついでに鈍感で、そして呆れるほど阿呆だけど、一緒にいると心が満たされる。
 だから、その耳はおれの声だけを聴いて、その目はずっとおれだけを見ていて欲しい。そんな願いを込めて、
「きゃっ!」
 彼女を引く手を思いっきり引っ張ると、小さな悲鳴がすぐ横で上がる。
「これからも、目一杯振り回してやるから覚悟しておけよ?」
 耳元で囁き、返事を待たずに走り出す。目的地はなし。彼女が隣にいてくれるのなら、地の果てだって行ってやる。
 街中に、真奈美の悲鳴と那智の朗らかな笑い声が反響した。

 ――数時間後、満足そうに微笑む那智とへろへろになった真奈美の携帯電話に、二人を心配した慧からの着信が何件も残っていることに気がつくまで、彼らは走り続けたのだった。





 時間軸は同じの那智編です。
 思えば、どちらも本来の目的(買出しや下準備)を果たしていないという…(汗)


 2009.4.16.up