*Kei's turn ぶーぶー文句を言う那智を、慧と協力して外へと追い出すことに成功した真奈美は、キッチンの前で袖を捲り、「よし!」と意気込んだ。 「じゃあ、慧君。那智君が戻ってくる前にご飯だけでも炊いておこうか」 「ああ、了解した。……が、何を作る気なんだ?」 「ん〜お蕎麦でもピザでもないもの、かな?」 「……それくらいは分かっている」 「しかも、私が食べたいもの」 「……いや、そうではなくてな」 「ふふ、いじわるしてごめんね。でも、出来上がるまでは秘密。もしくは、当ててくれると嬉しいな」 「……む、むう」 小さく唸る慧を見て、真奈美は少しだけ申し訳なさで心痛する。しかし、宣言してしまったのだから仕方ない。今はこのまま前に進むのみである。 「それじゃあ、まずはお米を磨ぎましょ」 「ああ、そうだな」 「あ、食器用洗剤とか入れちゃダメだよ?」 「……いきなり何を言う」 「なんか慧君って、そういうベタなことしそうなんだもん」 「なっ、僕を馬鹿にする気か!? そんなことをするはずがないだろう!!」 「ご、ごめん。いくら慧君でもそれくらい知ってるよね」 「……何か引っ掛かる物言いだな」 「あはは。まぁ、気にしないで準備しちゃいましょ」 「ああ」 返事をしながら、台所から離れる慧に真奈美が声を掛ける。 「……って慧君、どこに行くの?」 「米を磨ぐんだろう? だから、衣類用洗剤を取りに――」 「わーわーわー!!」 「なっ! きゅ、急に抱きつくな!!」 「抱きついてるんじゃなくて、慧君の動きを阻止しているんです!」 顔を赤くさせて慌てる慧の腕にしがみつきながら、真奈美は声を荒らげる。 「衣類用洗剤って何よ!? お米を磨ぐのに、そんなもの使いませんっ!!」 「な、何!? しかし昨日、那智に自炊するなら覚えておいた方がいいと……」 慧の勘違いの原因を察し、真奈美は盛大にため息をついた。 「それ、那智君の冗だ――ううん、ちょっとしたうっかりだね、きっと」 慧から視線を僅かに外し、何かを誤魔化すように早口で言う。 「とにかく! お米は水で磨ぎます。食器用はもちろん、衣類用洗剤なんて使わないから、覚えておいてね?」 「……ああ、分かった」 間違いを訂正され、素直に頷く慧。このやり取りに少し前までの彼との学園生活を思い出し、真奈美は頬を緩ませる。 そして、ようやく慧から腕を放すと、もう一度彼を見上げた。 「じゃあ、気を取り直して、準備を再開させましょ。何も用意できてなかったら、那智君に怒られちゃう」 「……う、確かに」 直後、二人の背筋に寒いものが走る。無理矢理追い出された那智の機嫌をこれ以上損ねても、何一つ良いことがないのは明白だった。彼の逆襲はどうしても避けたい。 苦笑いを浮かべた真奈美が足を台所に向けたとき、今度は慧の手が彼女の腕を掴んだ。一瞬戸惑ったが、掴む手の優しさに、緊張の色は消える。 「先生」 「ん、なに?」 「……これからも、色々なことを教えてくれ。僕…たちには貴女から学びたいことがたくさんある」 「うん、いいよ。一人暮らし歴は、私の方が上だしね」 そう言って、微笑む真奈美に、慧は彼女を掴む手を少しだけ強めて、言葉を続けた。 「それだけのことを言っているんじゃない。人生の先輩として、僕たちを導いて欲しいと思っている」 「え、…みちびく?」 「自分が未熟なのは分かっている。だが、僕は早く一人前になって、貴女に認められる大人、いや…男になりたいんだ」 「……な、なんだか話が大きくなってない?」 「ただの気のせいだろう」 「そ、そうかなぁ?」 首を捻る真奈美に、慧が根拠もなく自信満々に頷く。 「でもね、慧君。焦って大人になろうとしなくていいんだよ」 「……だが」 「私もまだまだ未熟だし、教えてあげられることなんて高が知れてる。でもね、一緒に悩んで、助け合って、たまに喧嘩して……そうやって少しずつでも進んで行くことなら出来ると思うんだ」 「……ああ、そうだったな」 彼女の言葉は、この一年で慧が体験した出来事そのものだった。それが結果として、慧や那智を導いてくれたことになるのだが、彼女自身にその自覚はないのかもしれない。 「ありがとう。先生の傍にいられて良かった」 素直な気持ちが言葉になる。 「もう、買い被りすぎだよ? でも、出来る限り協力するから、私で良ければ何でも言ってね?」 「貴女だからこそ、だ。僕は貴女以外考えられない」 「け、慧君!? それ、殺し文句になってるから!」 真剣な表情で答える慧に、真奈美は体温が急上昇していくのを感じる。そんな真奈美の反応に慧も釣られて、顔を赤く染めた。どうやら、今度は慧が無自覚だったらしい。 「そ、そう聞えるのなら、それでもいいっ!!」 「良くないです!」 照れを隠すように声を張り上げる二人。どちらの顔も茹蛸のように赤い。 「と、とにかく、これからも宜しく頼む」 「う、うん、こちらこそ」 真奈美の腕を掴んでいた手を離し、それを彼女の前に差し出すと、彼女の小さな手が重なった。お互いに目を合わせ、ぎこちなく微笑む。 「――仲睦まじいのはいいけどさぁ、な〜にやってんの?」 不意に玄関から向けられた鋭い視線とその声に、二人は一瞬で固まった。ゆっくりと視線を移すと、そこには予想通りの人物がいて。 「……おしおき、必要かな?」 口角は上がっているものの、目が確実に笑っていないし、言っていることも不穏極まりない。 那智の言葉に、慧と真奈美は青ざめながら必死に首を振って拒否を示した。結果、慧にはお咎めがなかったが、真奈美は『那智の言うことを一つなんでも聞く』という、どこかで一度耳にしたような約束を無理矢理させられてしまうのだが、 ――それはまた別のお話。 最終的には那智が最強になってしまったー。でも、慧には甘い弟です(笑) 本編をやっていると、慧の無自覚の言動にキュンキュンします。ええ、それはもう(笑) 2009.4.13.up |