*P2 attack!


 三月、卒業式後に迎えた初めての休日を、真奈美は自宅でのんびりと満喫していた。
 初めて受け持った教え子たちを無事に送り出すことのできた喜びとそれと同時に感じた少しの寂しさが数日経った今でも、まだ胸の中に残っている。
 担任をしたClassZはもちろん、その中でも問題児だったA4、そしてクラスは異なるものの、彼らを更生させるために協力してくれたP2。個性の強い者ばかりだったけれど、それぞれが真奈美にとって大切な生徒だった。
 そんな彼らも四月からは新しい生活を始める。
 一年間同じ時を過ごし、常に気に掛けていた生徒たちが遠くに行ってしまったことをやはり寂しく感じるけれど、真奈美は前を向こうと心に決めた。彼らのためにもそうあるべきだと思った。
 それに生徒たちはこれからも聖帝に遊びに来てくれると約束してくれたし、A4に至っては次の日に全員で顔を出してきたほどだ。メールもほぼ毎日来る。
 だから大丈夫、と自分に言い聞かせたら、少し元気が出たような気がした。
「なのに……」
 そう独り言ちて、ため息をつく。
 ……少しだけ気がかりな子たちがいる。卒業式のときも話しかけてくれたけれど、進路やこれからのことを詳しく教えてくれなかった二人。
 必ずメールや電話をすると言っていたのにもかかわらず、あれから一度も連絡をしてこないことも気になった。
「那智君ならそういういじわるもやりそうだけど、慧君まで……」
 親しみを感じていたのは自分だけだったのだろうか、と不安に似た思いがその名を呼ぶ。
 けれど、彼らも新生活を控えた身である。色々と忙しいのかもしれない。
「うじうじしてたって仕方ないよね。四月に入ったら、こっちから連絡してみようかな」
 一つの決心が口に出たとき、インターホンが真奈美の部屋に響いた。
 届け物かな、と玄関に急ぐ。
 特に何も考えずに扉を開けた直後、その訪問者に真奈美は驚きの声を上げた。
「慧君に那智君!」
「やっほ〜真奈美せんせい」
「……暫く振りだな」
 気がかりだった者たちのいきなりの登場に真奈美は目を白黒させた。驚きと嬉しさが交互に溢れる。
「ど、どうしたの!? いきなり家に来るなんて」
「そんな慌てないでよ、別に襲いに来た訳じゃないんだし」
「那智! 先生をからかうのもいい加減にしろ」
「は〜い。ごめんね、兄さん」
 数日前まで毎日のように見ていた二人のやり取りに少しだけ安堵するも、開いた口が塞がらない。
 遊びに来てくれたの?
 連絡してくれなくて心配したんだから!
 どちらも本心だったが、状況が掴めないため言い出せずにいると、それを察したのか二人は真奈美に視線を向けた。
「連絡を寄越さず、すまなかったな」
「慧を恨んじゃダメだよ? おれが口止めしてたんだから」
「く、口止め?」
「そう。その方がせんせいがびっくりすると思って」
 那智の言葉に真奈美は首を傾げる。
「た、確かに突然家に来たからびっくりしたけど――」
「違う違う、口止めしてたのは別のこと。それに、今日は遊びに来たんじゃないし」
「ええっ、違うの?」
 真奈美の反応に、那智は口角を上げる。その表情も見慣れたものだった。
「今日は招待に来たんだよ」
「僕たちの新しい住まいに、な」
 普段表情の硬い慧も優しい笑みを向けてくる。
「へぇ、君たち引っ越ししたんだ? もしかして親御さんから離れて?」
「そうだよ〜」
「とりあえず、兄弟で住むことにした」
「いいね! 二人暮らしかぁ」
 そう言って、真奈美は双子を交互に見て微笑む。先ほどの登場には驚かされたが、もう心の中は嬉しさで満ちていた。
「わざわざ誘いに来てくれて、ありがとう! それじゃあ、急いで支度を――」
「あーいいの、いいの。そのまま出てきてくれれば」
「へ?」
「ああ、すぐそこだからな。荷物も持たずに来てくれていい」
「ええっ、でも着替えたいし、それにバッグくらいは――」
「だ〜か〜ら〜、気にすることないってば」
「問題ない、目と鼻の先だ」
「こ、こら! 靴くらいはちゃんと履かせて!」
 それぞれに両手を引っ張られ、真奈美は慌てて抗議するも二人は耳を貸してくれない。ぐいぐいと廊下まで連れ出され、観念して自分の足で歩こうとした同時に、
「ふぎゅっ」
 那智の背中に顔を激突させてしまい、変な声を上げる。勢いよくぶつかった鼻が痛い。
「もう何やってるのさ、相変わらずお間抜けさんだな〜」
「だ、大丈夫か、先生?」
「……うん、ありがとう慧君。だけど、いきなり止まらないでね」
「だって、到着したんだから仕方ないじゃん〜」
「へ?」
「ああ、ここが僕たちの新居だ」
「で、でも、数歩歩いただけで、まだマンションからも出てないよ?」
「せんせい〜、周囲をよ〜く見回してみて?」
 那智に言われ、真奈美は視線を双子以外に巡らす。
 視界に広がるのは見慣れたマンションの廊下。斜め後ろを向くと自分の部屋へ続く扉が見える。そして、慧と那智のすぐ横にも同じデザインの扉が。ここはお隣さんだけど確か空き部屋だったはず……あれ、でもよく見ると標札に名前が書かれているような。しかも、
「ほう…じょう……?」
 口に出して読んで、固まる。も、もしかして……?
「フン、やっと気がついたか」
「アーンド、びっくりしてくれた?」
 見上げると二つの同じ顔が微笑み掛けてくる。
「う、うそ……」
 驚きの余り、目が眩んで体勢を崩しそうになるのを双子が掴んでいた両手を引いて支えた。その手は、やはり真奈美のそれよりも大きくて逞しい。
「ってな訳で、これからも宜しくね、お隣さん♪」
「さぁ、入ってくれ。歓迎するぞ、先生。あと、今から一緒に蕎麦を食べないか?」
「えーやだよ、蕎麦なんて。ピザ頼もうぜ、兄さん」
「何を言う、那智! 引っ越しをしたら、蕎麦を食べると昔から――」
「引っ越し蕎麦はご近所さんに配るモンだろ? 別に当人は食べる必要ないじゃん」
「では、お前は先生にだけ食べさせて、自分はピザを頼むと言うのか!?」
「というか蕎麦に拘らなくて良くない? おれは普通にピザが食べたい〜」
「ブロッコリーが入っているから却下だ!」
 真奈美の戸惑いを余所に、言い争いを続ける慧と那智。そんな彼らに、今まで以上に振り回されることを予感し、真奈美は一人戦慄した。





 実はゲームプレイ前に思い浮かんだネタです。
 微妙に内容は違うけど、那智ルートの完璧結末を見たときは本気で驚きました(笑)
 ご近所さんっていいよねーってことで、この後の話も少し考えてます(笑)


 2009.3.31.up