*僕らの『願い』(後編) 「それじゃあ、補習を始めましょうか!」 やっと縄から解放された四人を、真奈美の笑顔と事前に用意しておいた大量のプリントが迎えた。彼女の言葉に、それぞれ渋々にだが、頷いてみせる。 その様子を見たP2は、真奈美たちに背を向けた。 「じゃあ、おれたちはそろそろ戻るね?」 「慧君、那智君、本当にありがとう!」 「それはさっき聞いた」 「あ、そっか。でも、何度言っても足りないくらいだから」 そう言って、真奈美は嬉しそうに微笑む。 「……あのさ、せんせい。さっきの話なんだけど」 「あ、お手伝いのこと?」 「生徒会のことをやってくれるのも有難いけど、それよりも今度、おれたちにも勉強を教えてくれない?」 「え?」 「何をぅ!?」 「……ああ、それがいい」 那智の思いつきのような提案に、慧まで肯いてみせたので、真奈美は耳を疑った。 天十郎たちも驚きの表情を隠せない。 「で、でも慧君と那智君にはあまり必要ないんじゃ…?」 「そうでぃ、オメェらには補習なんぞいらねぇだろうがっ!!」 天十郎の野次を無視し、慧は真っ直ぐに真奈美を見据える。 「勉学に不必要なものなどない」 「我侭かもしれないけど……少しだけ、おれたちのために時間を割いてくれれば、それで満足だからさ」 二人の言葉に、真奈美は胸の奥が熱くなるのを感じた。教師になったことを、改めて誇りに思う。 「そんな、我侭なんかじゃないよ? もちろん協力するから、いつでも言ってね?」 「ありがと。楽しみにしてるね、せんせい」 「では、失礼する」 「もう二度と来んなぃ!!」 P2が退室すると、途端に天十郎たちが騒ぎ出したため、真奈美は慌てて彼らを鎮めた。 真奈美には、P2が補習を求めた理由もA4が荒れる理由も分からなかった。 けれど、彼女は満足だった。 慧たちの先ほどの言葉や文句を言いつつも補習に参加してくれた天十郎たちの姿から真剣な思いを感じ取ることができたから。 彼らの教師であることに喜びを感じたから。 だから、真奈美はその後の補習でも始終にこやかだった。 「な、なあ」 補習の最中、天十郎が恐る恐るプリントを採点している彼女の顔を覗き込んだ。 「うん? どうしたの、天十郎君」 「オメェは、俺…俺たちの“担任”だよな?」 「うん、そうだよ」 真奈美が躊躇うことなく答えると、天十郎を含めた全員が安心したように表情を和らげた。 「ねぇ、そういえば、ここに戻ってくる前に慧君たちに何か言われた?」 「なっ、オメェあの話を知ってんのか!!?」 急に大声になり動揺を見せる天十郎の態度に、真奈美は首を傾げる。 「え、ううん。何も知らないから、ちょっと気になったんだけど」 「それならいい、一生知らなくていいっ!!」 「ええっ、一生!?」 「ああ、お前にはどうでもいいことだからな」 「MWO? むしろ忘れちゃってもOKじゃな〜い?」 「うん、そだそだー」 「そんなぁ……」 千聖たちにも同時に肯かれ、真奈美は小さく落胆した。 ――そして、生徒会室では、 「あいつらも結構強情だよな〜」 「ふん、指摘されて焦るくらいなら、最初から素直にしていれば良いものを」 慧と那智がA4への不満を漏らしていた。 「でも、成っちょたちの目もかなり本気だったね?」 「あれが来年まで続けばいいがな」 『補習の件も含め、これ以上北森先生に迷惑を掛けるようなら、ClassZの担任を辞めさせると同時に彼女をClassAの副担任として迎え入れる準備がある』 この言葉を耳にしたときの彼らの反応は、皆ほとんど同じものだった。逃げようとすれば容易にできる者もいるのに、文句を言いつつも誰一人欠けることなく教室に戻ってきたのが、その証拠と言えよう。 A4に伝えたことは一句として真実ではなかったが、慧たちにとっては全くの虚偽のつもりもなかった。 教員を異動させるなど、一生徒の権限でどうにかできる問題ではないことは勿論、彼らが所属している生徒会にも、そこまでの力はないことは重々承知していた。 けれど、実現のために尽力する覚悟はあった。否、今もあるというのが正しい。 真奈美が自分たちの“担任”になること。 それは、願って止まない『叶わぬ夢』。 A4は無条件で得られて、自分たちはどう望んでも得られないもの。 例え時間が一年戻ったとしても、大学生の彼女が教師として聖帝にいるはずもなく、来年には自分たちがいなくなる。 僅かに重なったこの一年を『奇跡』と感じたが、それ以上を自分たちの手で掴みたいと思ってしまった。 真奈美が特に気にかける問題児たちが、余りにも不甲斐なかったから。 彼女に心を開きつつあることに目を背け、その優しさに甘える彼らに、嫉妬にも似た怒りを覚えたから。 だから、その心に火をつけた。 「それにしても、おれたちの作戦は成功なのかな?」 「あいつら次第だな。だが、どっちに転んでも彼女を悲しませることだけはしない」 訊ねられ、慧はきっぱりと言い放つ。 A4がこれからも補習を受け続けるのならば、真奈美の笑顔が曇ることはなくなるだろうという確信があったし、そんな彼女を、卒業するまで支えることができるのなら、それはそれで幸せなことだと思った。 そして、もしもA4がこれまで通り好き勝手に過ごすというのなら、そのときは全てを賭けて彼女を守り抜くだけだ。 兄の瞳を見た那智は満足そうに頷いた。 彼らの意志は、絆と同じくらい固い。 「せんせいとの補習、楽しみだね?」 那智の言葉に、慧は先ほど交わした真奈美との約束を思い出す。 自分たちが望んだ、小さいけれど大きな我侭。彼女はそれを笑顔で受け入れてくれた。 放課後の時間はほとんどA4の補習に充てられるため、自分たちが勉強を教わるのは朝早くになるかもしれない。 けれど、彼女と同じ時を共有できるのならば、少しくらいの早起きなど、彼らにとって容易にクリアできる課題だった。 「ああ、そうだな」 目を細め、慧は穏やかな声で答えた。 他クラスの生徒であることを悔しがってA4に嫉妬するP2を見たい!という願望から生まれた妄想です。 それにしても、北森先生の補習を受けるP2を書くつもりだったんですが、なんだか前置きのような話になってしまいました(笑) というかパーフェクトな彼らに補習は必要なんでしょうか。実際のゲームで、どのようになるのかすごく楽しみです。 2009.3.6.up |