*if you catch a cold / 佐伯


「三人欠席か、少し多いな…」
「もうすぐ期末試験も近いのに、心配ですよね」
 朝のHRを終わらせ、職員室へと戻る途中、そう呟いた佐伯に並んで歩く真奈美が相槌を打った。
「それに、天野さんも少し具合が悪そうでした」
 彼女の言葉に、そうだったかと右手を顎に添え、佐伯は頭の中で数分前に見たClassZの生徒たちの表情を巡らす。
 自分は特に気が付かなかったが、彼女には感じるものがあったのだろう。
「そうか、何かあっても元親がいるから大事にはならないだろうが、私も気に掛けておこう」
「ありがとうございます」
 そう告げる佐伯に、真奈美は小さく頭を下げた。
 ClassZの副担任として、真奈美の補佐を務めて数ヶ月。その中で、佐伯は彼女の教師としての姿勢に何度も驚かされた。このような生徒に向ける目配りも、その一つで。
 一年前は不要な甘さだと決め付け、切り捨てるべき感情と思えた真奈美の生徒に対する思いや教育に対する情熱を、身近で見続けた今では眩しいとさえ感じている。
 それは、極たまに裏目に出てしまうこともあるけれど、だからと言って、彼女は決してめげることはなく。生徒たちからも目を逸らさない。
 その結果、真っ直ぐな熱意を身に受けた生徒たちもまた、徐々にだが彼女に心を開いてゆき、信頼という形で応えてくれるのだ。
 ふと、佐伯は隣で歩く女性に目を向ける。
 この小さな身体のどこにそこまでの強さを秘めているのかと不思議にさえ感じるが、それは決して身体の大きさに比例するものではないのは既に分かりきったことで。
 多少遠回りをしてしまったが、一年前に彼女と出逢い、そして今同じ教育者として並んで歩いていることを、佐伯は誇りに思った。
「でも、佐伯先生も無理をなさらないでくださいね」
「ん、私もかい?」
 横からの真奈美の声に、佐伯は首を傾げ訊ねる。
「最近、ちょっとお疲れのように見えます。昨日お昼をご一緒したときも食欲が無さそうでしたし……」
「はは、そうだったかな?」
 自覚していなかったことを指摘され、佐伯は頭を捻りながら記憶を遡らせる。そういえば、今朝も余り食が進まなかったように思う。
「それにしても、よく気が付いたね。北森先生」
「佐伯先生ともClassZの生徒たちと同じくらい一緒の時間を過ごしているんですよ、それくらい気付いちゃいます」
 素直に浮かんだ感想を口にすると、真奈美は少しだけ誇らしげに胸を張って答えた。
 その口ぶりに、彼女が目を向けているのは、生徒たちだけではないことを佐伯は今更ながらに思い知る。だから、自分は――。
「ふふ、君はやはり素晴らしい女性だ」
「なっ、そ、そんな買い被りすぎですよ。今のはちょっと調子を乗って言っちゃいましたけど」
 無意識に表に出たその言葉に、彼女は首と手を思いっきり振って否定してみせる。頬を赤らめ、どこか照れた様子の彼女に、教師とは異なる一面を垣間見たような気がして、佐伯は口端を僅かに上げた。
「いや、謙遜する必要はない。もっと胸を張りたまえ」
「え、でも…その……」
「君は素晴らしい女性だよ。教師としても、そして私のパートナーとしても、ね」
 真奈美との距離を縮め、そう耳元で囁く。
「あ、あの、ですから大袈裟ですってば!」
 顔を更に上気させながら訴える彼女を見据え、ゆっくり時間を掛けて落とすのもいいかもしれない、と佐伯は心の中で呟いた。





 裏ルート、夢結末後…です。
 あの理事長(この時点では違うけど)が、副担任をするとかとても楽しい展開だと思いまっす!(熱弁)


 2009.6.17.up