*if you catch a cold / 加賀美


 顔色が悪いなって、朝、職員室で挨拶を交わしたときから気になってた。
 だけど、声を掛けることも何か行動に移すこともできず、時間だけが過ぎて、今はもう放課後。
 オレ流のリサイタルを終わらせて、ため息まじりに職員室へ続く扉を開けると、目に入ったのはアイツの小さな後ろ姿だった。それ以外の人間、及びクマの姿は…確認する限りはない。
 入室者に気付いたアイツがふと顔を上げたので、必然的に目がかち合った。
 ……やっぱり顔色が悪い。
「まーだ残ってたのかよ?」
「はい、明日の準備をしておきたくて」
 自分でも嫌気がさすほどの素っ気ない問いかけに対して、彼女は気にする様子もなく、少しだけ顔を綻ばせてから答える。
 だけど、向けられたその笑顔さえも無理をしているように見えて、オレは苛立ちで語調を強めて言い放った。
「別に家でもできることなんだろ? なら、さっさと帰れよ」
「……そう、ですけど」
 何か言いたげな態度に見えたが、それを敢えて無視し、オレはずばり確信をついた。
「オマエ、具合悪いんだろ?」
「え?」
 オレの言葉にきょとんとした表情を浮かべる彼女。…この反応を見るに、もしかして自覚なかったのか?
 遠回しな言い方は面倒だと腹を決めて、オレは言葉を続ける。
「もうこの時間だと上條サンもいねーんだ。保健室も開けられねーし、倒れられたら困るんだよ」
「……分かりました。ご心配をお掛けして、すみません」
 やっと納得したのか、彼女は頭を下げて告げる。
 けれど、その姿が普段より頼りなく見えて、オレは無意識に彼女の細い肩に手を置いた。
「……送る」
「え?」
「オマエ、途中で倒れそうじゃん。見張るためにも送ってやる」
「そ、そんな、加賀美先生のご自宅はここなのに悪いですよ。それに、私倒れたりなんかしません!」
 ここが自宅って表現は少し語弊があるが、寝泊まりしてるのは確かだから敢えて聞き流すことにして。
 ――気丈なオンナは嫌いじゃない。
 だけど、たまには先輩に甘えろよ、と目の前の彼女を見て思う。…けれど、そんな言葉を実際に口に出せる訳もなく。
 オレの前でなら尚更、だなんてこともやはり口が裂けても言えなくて。
 悶々と悩んだ末に浮かんだのは、こんな言葉だった。
「……じゃあさ、オマエん家に行きたいって言ったら文句言わねーのか?」
「ええ!?」
 予想通りの反応。
 そりゃそうだ。オレだって、なんでこんな結論に辿り着いたか自分自身に問いただしたい。
 だけど、コイツを一人で帰らせないための説得法が短時間ではこれしか浮かばなかったんだ! 一応弁解しておくが、決してやましいことを考えていた訳じゃねぇー!
 ……す、少し行ってみたいとは思ってたけどな、正直なところ。
 でも、具合が悪そうだからとか、そういうのを口実にするのは嫌いだ、オレのポリシーに反する。それだけは理解して貰いたい。
 ……けど、まぁ。よくよく考えたら、家に行きたいってのはやっぱり変だよな。
 いきなりすぎるし、フツー段階ってモンがあるだろ!!
 ああ〜〜〜オレの馬鹿野郎っっ!!!!!
「…………あの」
 オレが頭の中の何かと格闘している最中、彼女の声が耳の片隅に届く。
「それなら…お茶くらい出させてくださいね」
 彼女の言葉の意味と俯いたその顔がほんのり赤みを差している理由にオレが気が付くのは、たっぷり数秒を要した後だった。





 裏ルート、2章直後辺りのお話とご想像くださいませ〜。
 口調など苦戦しましたが、結構書くの楽しかったです(笑)


 2009.6.11.up