*if you catch a cold / 八雲


「こほっ、けほっ」
「……大丈夫?」
 咳き込む八雲君に、私は思わず教科書を読むのを止めて訊ねた。
「うん、平気だよ〜。でたらめ先生がくれた飴、毎日舐めてるしぃ」
「それならいいけど、完治するまで無理しちゃダメだよ?」
「は〜い、了解ナリ〜」
 元気良く返事をする八雲君を見て、胸を撫で下ろす。
 周囲の人たちの協力と、そして何より本人の努力の甲斐あって、素人目でも分かるくらい、八雲君の喉の調子は回復の兆しを見せていた。彼が以前のような歌声を取り戻せる日が近いと思うと、それが何よりも嬉しい。
「でもでもね〜不思議なんだぁ」
 教科書に視線を戻そうとした私の耳に、八雲君の声が届いた。
「どうしたの?」
 首を傾げる私に、八雲君が距離を少しだけ縮めて告げる。
「最近ねぇ、身体中がぽかぽかするのです」
「ええっ、それって熱があるんじゃ…?」
「ううん、たぶん違う。だってセンセーの傍にいるときだけなんだよぉ、ぽかぽかするのって」
「え?」
「あとね、胸がドキドキしちゃうの〜!」
「うわ、八雲君!?」
 突然抱きつかれ、私は小さく悲鳴を上げる。
 八雲君の腕が私の背中に回ると、どきりと胸が高鳴った。桃色の柔らかい髪が頬にあたり、爽やかなシャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。彼のスキンシップは今に始まったことではないのに、最近では何故か緊張で身体が強張ってしまう。
 でも、それは決してイヤなことではなくて。
「ねぇ、センセーもぽかぽかドキドキする?」
 耳元で鈴のような声で囁かれる。
 その問いに顔の火照りを感じつつも小さく一度頷くと、八雲君は天使の笑みを私に向けた。
「じゃあじゃあ、ぼくと一緒だね〜」
 回された腕に力がこもり、赤みがかった頬を何度も摺り寄せられる。
「でたらめ先生に相談したら、治してくれるかな?」
「ど、どうだろうね?」
 精一杯平静を装ったけれど、上ずる声は正直で。
 けれど、八雲君は特に意に介する様子もなく、猶も耳元で囁き続ける。
「ふふっ、でもねぇ、ぼくは悪い子さんだから、そんなことはしないよぉ。だ・か・ら――」
 いきなり腕を解放させると、今度は両手で私の顔を包み込む。
「二人だけの秘密にしよ?」
 そう言って、天使の容姿を持つ小悪魔が息も感じるほどの距離から微笑みかけてきた。

 この胸の高鳴りを、この鼓動の早まりを、
「センセー、だーい好き!」
 八雲君の言葉が一層強くさせる。

 魅了されたら、抜け出せない。
 それは、名前のない病。





 風邪ネタじゃない!(爆)
 ほら、あれですよ。病は病でも…(ベッタベタなため、強制終了)


 2009.5.13.up