*if you catch a cold / 天十郎


「おめぇ、なんか顔赤くねぇか?」
「え、そうかな?」
 補習中に天十郎に訊ねられ、真奈美は首を傾げた。
 自分の頬に右手をあてるが、熱があるようには感じられない。
「う〜ん、そんなことないよ?」
「はぁ? 顔真っ赤にさせて何言ってやがる!」
 眉間に皺を寄せ、怒鳴る天十郎にいきなり両肩を掴まれる。
「おら、前髪上げろ」
「へ?」
「熱を測かってやるって言ってんでぇ。早くしろ、このでこっぱちが!」
「で、でこ…っ!? こら、気にしてるって言ったでしょ!」
「んな見当違いなとこで怒んなよ、アホっ!」
 痺れを切らした天十郎が、自ら真奈美の前髪を上げた。
 ごつん。
 まるで頭突きでもするかのように、勢いよく真奈美の額に自身のそれをあてがう。
 その衝撃に、真奈美は思わず目を瞑ってしまった。
 額から伝わる彼の体温は決して低い訳ではないけれど、少しだけ心地よい。
「…………やっぱり、熱あんじゃねぇか」
 間近にいる天十郎の表情は窺えなかったが、耳に届く声は僅かに低かった。ため息が鼻にかかって、むず痒くもあり恥ずかしい。
「て、天十郎君がいきなりこんなことするからよ…!」
「そんなんじゃねぇだろ? ほら、手だって熱い」
 頑なに目を開けようとしない真奈美の言葉を無視し、天十郎は彼女の手を、強く握り締める。
「今日はもう帰れ」
「なっ、ダメです! 目標ページまではいかなきゃ」
「無理言うなよ。おめぇが倒れたらどうすんでぇ」
「大丈夫よ、帰ったら一応薬飲んでおくから」
「それじゃあ、遅ぇかもしんねぇだろ!?」
「でも、今日の分の補習はちゃんとやりたいの」
 最近の天十郎は、サボることなく勉強に参加してくれる。
 だから、今までの遅れを取り戻そうと、真奈美は必死になっていた。それは、自分自身の健康を損なっていることにも気付かないほど真剣で。
 そんな彼女の思いを汲んだのか、天十郎は口を噤む。
 僅かな時間、静寂が二人を包んだ。
 真奈美は、未だ目蓋を上げられないでいた。閉じられた視界に広がるのは、一面の闇。けれど、そこに一抹の不安も感じなかった。
 額と手。触れ合っている部分だけがお互いの存在を認識させる。
「……それなら、俺様にうつせ」
 不意に天十郎の声が耳に届く。思わず目を見開くと、鋭さを含んだ眼差しが真奈美自身を射抜いた。
「……天十郎君?」
「おめぇの風邪、俺が受け取ってやる! ほら、早くうつせ!」
 そう言って、天十郎は両腕を真奈美の背中に回した。そして、力いっぱいに抱きしめる。
「何言ってるの! 大事な時期なのに、受験生が風邪を引いたら大変じゃ――」
「そんなの、どってことねぇ!!」
 真奈美の言葉を遮るように、天十郎が声を荒らげる。
 けれど、その瞬間、真奈美は自分の言っていた我侭に気付いた。
「……ごめんね、天十郎君」
「あぁん? どうしたってんだ、急に」
「私が意地張って補習を長引かせた所為で、天十郎君にうつったら大変なのに……そんなことにも気が付かなくて、ごめんなさい」
 勉強をさせることばかりに気を取られ、大切なことに目を向けることができていなかった。
 それを自覚した真奈美の声は、だんだんと小さくなっていく。
「だぁー! 違うって言ってんだろ!」
 しかし、そんな彼女を一喝するように、天十郎は再び声を上げた。
「俺様がどうなろうがどうでもいい! おめぇが倒れちまうのが嫌なんでぇ!!」
 天十郎の言葉は、その眼差しと同じくらい真っ直ぐで。
 彼が本心から自分のことを気遣ってくれていことを伝えてくれる。
「だからよ、思いっきりうつせ! 熱ぐれぇ屁でもねぇ! そんなん天十郎様なら一瞬で吹き飛ばしてやらぁ!」
 そう叫んで、回した腕に更に力を込める。
 言っていることは滅茶苦茶なのに、何故かその腕のように頼もしく感じてしまう。
「…………ありがとう」
 じわり、と。
 真奈美の胸の奥に宿った小さな熱が、彼女の身体を一層火照らせる。しかし、それは決して不快ではなかった。





 他ルートやEDでも見られるけど、おデコ広いのを気にしている真奈美が可愛いです(笑)


 2009.5.6.up