*if you catch a cold / 那智


「具合はどう?」
 ベッドで横になる那智君に訊ねると同時に彼の額に右手をあてる。
「…………寒い、だるい、死ぬ」
 その言葉を裏付けるように、手のひらからは普段よりも明らかに高い体温を感じた。
「熱、上がってるかも。今日はゆっくり休んだ方がいいね」
「うう、今日はお前をバイクで連れまわそうと思ってたのに……」
 私が言うと、那智君は眉間に皺を寄せ、小さく唸った。
「別に今日じゃなくてもいいじゃない? そんなことよりも、早く治す方が先だよ」
「……ひ、久々の休みなんだぞ? しかも、おれのとのデートを“そんなこと”って、……くそっ」
 熱の所為なんだろうけど、顔を赤くさせて拗ねるような那智君を見て、ちょっと可愛いなと思った。
 ……後の報復が怖いから、本人には言わないけど。
「薬飲まなきゃだし、何か作るよ。食べたいものある?」
「…………ない」
「もう、我侭言わないの。那智君だって早く良くなりたいでしょ?」
「…………それよりも出掛けたい」
「だ〜め!」
 布団の中に口を隠し、ぶつぶつ言う彼に、私は両手を腰に当てて、ちょっと強めに言ってみせる。
「ふぅ、とりあえず消化のいいものを作るから、ちょっと待っててね」
 那智君の返事はなかったが、私は気にせずベッドに背を向けた。すると、
「…………真奈美」
 小さな声で背後から呼ばれた。振り返ると、少し虚ろな瞳と視線がかち合う。
「ん、何?」
「……ちょっと、手貸して」
 そう言って、那智君が布団から左手を差し出す。
「どうしたの――きゃっ!」
 那智君の手に自分のそれを重ねた瞬間、病人とは思えない力によって勢いよく引き寄せられた。
 いきなり那智君の顔が急接近する。目の前の彼はどこか悪戯っぽく子どものように微笑んで見せた。
 そして、私の体を強く抱きしめる。
「捕まえた〜」
「ちょ、ちょっと、那智君!」
「真奈美〜、おれのことぎゅってして〜」
「こら! こんなことする前にまず食事でしょ!」
「……また、おれとのイチャイチャをぞんざいに扱う。お仕置きだ、うりゃ!」
「そう意味じゃなく……って痛い痛い痛い!」
 回された腕に力を込められ、私は悲鳴を上げる。その反応に、彼はくすくすを笑った。
 それから、すぐ力を緩めると、今度は優しく包んでくれる。
「真奈美」
「うん?」
 私の肩に顎を乗せ、耳元で囁く。
「……食い物も、薬もいらない。真奈美が傍にいて?」
 届いた声はとても優しくて、だけど少しだけ寂しそうで。
 こうやって無理なことを言っては私を困らせるけれど、やっぱり憎めない。
 結局、心が揺らいでしまうのは、彼が放っておけなくて可愛いひとだから。
 でも、私にだって譲れない部分はある。
「もう、本当に我侭なんだから。じゃあ、5分だけだよ?」
「ええー」
「食事をして、薬もちゃんと飲んでくれたら、その後はずっと傍にいるから」
 そう言って、那智君のいつもより熱のこもった背中に腕を回す。
「……ホント?」
「うん、もちろん。だから、今は5分だけ、ね?」
「…………ったく、仕方ないなぁ」
 那智君のため息が私の首筋に掛かる。
 小さく呟かれたその声には、僅かながら安堵の色が含まれているような気がした。





 風邪を引くと那智は甘えん坊になればいいと思います。すみません、願望です(笑)


 2009.5.2.up