*そして、再び春


 ふと、この一年を振り返ると、本当に慌しかったように思う。
 大学を卒業したばかりの真奈美が聖帝学園に赴任して以来、目まぐるしい毎日がまるで嵐のように過ぎていった。
 けれど、その一日一日はどれも比べようもないほどに色濃く、真奈美の中に沁み込んでいる。

 春、己の未熟さに多くの壁にぶつかった。けれど、そんな自分を支えてくれる者たちに出逢い、少しだけ弱気になっていた自分自身を叱咤した。真奈美が作ってきたお菓子はどれも好評で、放課後のお茶会はその後も定期的に続いた。

 夏、問題児たちに勝るとも劣らない個性の強さに圧倒されながらも、その芯にある友情を越えた信頼関係に羨望に似た想いを抱いた。また、相手を知り、そして相手も自分を知ってくれることの喜びも得た。ちなみに、あの日翼が提案したパープルとパッションピンクという珍妙なカラーリングの衣装はB5の猛反対を受け、即日却下された。

 秋、生徒たちとの交流に少しだけ浮かれていたことを自覚した。自分と共に落とし穴に落ちた教科書や参考書の中には未だに土の汚れが残っているものが数冊あるけれど、愛着もあるし、何よりあのときのことを思い出せるので捨てることなく今でも使い続けている。

 冬、新しい年の初めに胸の内にある願いを神様に託した。第一に生徒たちの合格祈願。そして、もう一つは自分への誓いを。どちらもこの一年の中で築いた真奈美にとって大切な絆だった。

 そして、また季節は巡り。
 ――春。

 卒業式を無事に終えた後、真奈美は一人校舎裏に立ち、青く澄んだ空をじっと眺めていた。
「センセちゃん?」
「っ! ふ、風門寺先生」
 背後からの声に、顔を拭い慌てて振り向くとそこには小首を傾げる悟郎の姿が見えて。
「……もしかして、泣いてた?」
「い、いえ、そんなことは!」
「別に隠さなくてもいいじゃない。卒業式だもん、気持ちは分かるよ」
 慰め労わるように悟郎の手が真奈美の頭を撫でる。
「あの子たちも今日のためにポペラ努力したけどさ、センセちゃんもホントによく頑張ったね」
「…うっ……ぐすっ」
「いい子、いい子」
「うう…あ、ありがとうございます」
「でも、また四月から始まるね」
「え…」
「見つけたぞ、新任!」
 真奈美の言葉を遠くから届いた高らかな声が遮る。
 二人が目を向けると、そこには翼をはじめとした五人の同僚教師たちが並んでいた。
「お〜悟郎も一緒だったのか」
「うん、一足お先に」
「ン〜なんだァ。オメェの目、ヤマタノオロチみてぇに真っ赤になってんゾ?」
「おい、馬鹿猿!!」
「め、目にゴミが入ったんですっ! っていうか、何ですかその譬えは!」
 清春に茶化され、意地になった真奈美が顔までも赤くさせて抗議する。
 けれど、彼女の心情を察してか、皆それ以上は言及することなく、真奈美が落ち着きを取り戻すのを待ってくれた。
「あ、そうそう。俺たち今夜打ち上げやるんだけどさ、北森先生も来るか?」
「は、はい、ぜひ参加させてください。でも――」
「……今からClassZでも打ち上げがあるんだよね? 生徒会にも呼ばれてたし。でも、それが終わってからでも間に合うよ」
「ありがとうございます……あ、あの」
「……うん?」
「どうした、新任?」
「あの、B6の先生方も聖帝を去られるんですよね」
 促され、ずっと頭の中にあった漠然とした予感を口にする。涙を拭った真奈美がそれぞれに視線を向けると、その問いに一同は躊躇いもなく頷いた。
「ああ」
「……目的は果たしたからね」
「分かってはいたんですが…やっぱりちょっと寂しいです」
「えーちょっと、なの?」
 唇を尖らせ冗談めかしく言う悟郎に、真奈美は首を振って小さな声で答える。
「いえ、本当は……すごく」
「もう! センセちゃんってば、なんていい子なの!」
「ケケケ、正直なコトはいいこった!」
「……でも、心配しなくても大丈夫」
「え?」
 眉を八の字にさせる真奈美とは対照的に、B6の表情は皆どこか自信に満ちていて朗らかだった。
「フン! この真壁翼の実力を忘れたのか、新任。俺の超音速ジェットがあれば、例え地球の裏側にいたとしても短時間での移動が可能だ」
「そうだぜ、北森先生!」
「この一年、オレたちが何度も利用していたのを見ただろう?」
「そ、そういえば…」
「つーワケでェ、いつでも遊んでやっからナァ?」
 向けられたそれぞれの笑顔に、真奈美の憂いは一瞬で吹き飛んでしまう。
 彼らの実行力に何度振り回され、そして何度救われたことか。
「まぁ、オレと風門寺は来年度も講師をすることになってるしな」
「そだよ! だから寂しがらないでね。そんで、四月からもガンバロ♪」
「……はい!」
 これから始まる一年も、きっと慌しくも楽しく。そして忘れられないものとなる。
 投げかけられた悟郎のウィンクに、そんなことを密かに予感しながら真奈美は笑顔で答えた。





 おまけSSです。卒業式まで書きたかったので、もう一回春を出させていただきました。
 これで本当に完結です。苦労した部分もありますが、それ以上に楽しかったです。
 リクしてくださったR・Sさまも読んでくださった方もありがとうございました!


 2009.8.15.up