*夏、思いを刻む 「え、肝試し……ですか?」 『そ、特別補講のときにやろうって話になってて』 「……はぁ」 『でね。ボクたちB6は、お化け役で参加しようと思ってんの』 「B6の皆さんがやったら、本格的なものになりそうですね」 『うん、ポペラ張り切っちゃうよん♪』 受話器の向こうで、悟郎の笑い声が響く。 『でさ、お化けの仮装のための準備をしようと思うんだけど……センセちゃん、明日は暇?』 「はい、特に予定はありませんけど」 『あのさ、本当に申し訳ないんだけど、買出しの手伝いに行ってくんないかな〜?』 「ええ、いいですよ。お手伝いさせてください」 『よかった〜! ありがとね、センセちゃん』 「いえ、先生方にはClassZの補講に付き合っていただくんですから、少しでもお返ししたいですし」 なにせ補講の参加者はA4を筆頭に十数名、全てがClassZの生徒なのだ。いくら職務とはいえ、他の教師たちや講師であるB6まで巻き込んでしまったことに、真奈美は恐縮する。 『いや〜こっちは楽しんでるし、気にすることないって』 「……ありがとうございます」 『じゃさ、明日よろしくね。待ち合わせについては後で、メールするから』 「はい、分かりました」 『ボクはちょっと用事あるんだけど、適任者を選んでおくから安心してね!』 「え、風門寺先生はいらっしゃらな――」 プツ……ツーツーツー 言いかけて既に電話が切れていることに気が付く。真奈美の耳には、虚しい電子音だけが響いていた。 適任者ってどなただろう? どこか性急な物言いの悟郎の態度も気になったが、そんなことを考えながら、真奈美は彼からのメールを待った。 「Good morning! 来たな、新任」 「おはよう、北森先生」 翌日、指定された場所に行くと、長身の二人組が真奈美を迎えた。 「真壁先生に七瀬先生、おはようございます!」 「これで全員揃ったな」 「え、買出しに行くのって私たちだけですか?」 「ああ、草薙も来られないらしいと風門寺から連絡があった」 「ええと、仙道先生と斑目先生は……?」 「あいつらを呼ぶ必要はない」 瞬にきっぱりと言い切られ、真奈美は言葉を無くす。 しかし、悪戯好きと何処ででも寝てしまう二人のことを考えると、彼がそう言うのも尤もな気がした。 「何をぼけっとしている、置いていくぞ」 「あ、はい!」 先を歩く翼に声を掛けられ、真奈美と瞬がそれを追いかける。 夏の日差しが、三人が歩く街中を照り付けていた。 「そういえば、お化けの衣装のデザインは決まっていらっしゃるんですか?」 大型雑貨店のパーティーグッズコーナーの前で、真奈美は二人に訊ねた。 「ああ、とりあえずオレたちがやりたい格好を風門寺に言って、描かせてある……これだ」 「あ、ありがとうございます。じゃあ、これを見ながら必要なものを買えばいいですね」 瞬からデザイン画を受け取ると、真奈美はそれらをさっと眺めた。 さすがと言うべきか。どれも簡単にデッサンされたものだったが、どのような格好を想定されているかは一目で理解することができた。 思わずため息が漏れる。 「わぁ、魔女に化け猫にカボチャ……あれ、でも五枚しかない?」 「清春は自前で用意するらしい」 「あの馬鹿猿のことだ。相当悪質な物を作ってくるぞ」 瞬の予言にも似た言葉に、真奈美は背筋が凍るのを感じた。 苦笑いを浮かべながら紙をめくると、『ツバサ用』と書かれたデザイン画が目に入る。 額に紙冠をし、周囲に火の玉を飛ばしているその姿は、まさに日本人が連想する幽霊そのものだった。背中になぜか卒塔婆をつけているのだが、これくらいのお遊びはむしろ愛嬌さえ感じられる。 「あ、真壁先生のお化け、シンプルでいいですね」 「What!? 俺のGhostがシンプルだと!?」 「ええ、でも一番お化けって感じがします」 「こ、このBeautifulな真壁翼が……シンプル……」 「あの、真壁先生……?」 悩ましげなポーズをきめながらブツブツと独り言を言う翼に、真奈美が恐る恐る声を掛ける。だが、どうやらその声は彼の耳には届いていないらしい。 気にするな、と瞬に囁かれた直後、突然「Marvelous!!」と翼が叫んだ。周囲の視線が一気に真奈美たちに向けられる。 「よし、新任。衣装をパープルとパッションピンクにするぞ!」 「は、はい!?」 「現役のモデルであるこの俺が目立たない訳にはいくまい! クククッ(以下略)」 得意げに高笑いしながら、翼はすたすたと勝手に歩き出してしまった。そして、一直線に絵の具コーナーへ向けて足を進める。 「あっ、ちょっと、真壁先生!?」 「待て、先生」 慌てて追いかけようとした真奈美の肩を、瞬が掴んで制する。 「大丈夫だ。飽きたら、すぐに戻ってくるだろう」 「え、そうなんですか?」 「あいつはこういう場所に来たことがない。だから、多少浮かれていても許してやってくれ」 「あ、なるほど、そうだったんですね。いえ、私は気にしませんよ」 「だが、子どものようだと呆れただろう?」 「そんなことはないですよ。ちょっとびっくりしましたけど、真壁先生みたいにわくわくしちゃう気持ちってすごく分かりますし」 「……そうか?」 「はい、楽しいですよね、いっぱいグッズがあって。それなら、真壁先生が満足するまで存分に堪能してもらいましょう!」 「……フッ、さすがだな、先生」 「え?」 「いや、なんでもない。それよりもオレ用のデザインを見て、必要なものを言ってくれないか」 上手くはぐらかされ、真奈美は首を傾げる。 けれど、お互いを理解しているような瞬の口振りに、彼らの信頼関係の深さを感じたような気がした。なんとなく羨ましくなる。 だが、それも束の間。紙をめくると、目を疑いたくなるようなイラストが彼女の目に映った。 どうやら顔に宛がうものらしいが、輪郭が円形の(しかも真ん中も丸く切り抜かれ、顔がはっきりと露出している)お化けなんて、すぐにはイメージが浮かばなかった。隅に書かれた『5円マン?』という文字が気になったが、そこは見なかったことにする。 「七瀬先生……あの、これは一体なんのお化けですか?」 「先生、この世で一番素晴らしいものは何だと思う?」 「へ?」 逆に訊ねられ、真奈美は困惑の表情を浮かべる。 「……それは、金だ。オレにとっては音楽も大切だが、この際それは置いておく」 「は、はぁ」 「そして、一番恐ろしいのも……金だ」 「……はぁ、まぁそれは確かに」 熱心に語る瞬に、真奈美はとりあえず相槌を打つ。 「恐ろしいぞ、金は。月々の光熱費を見ただけでゾッとする」 「……な、七瀬先生?」 「と言う訳で、今度の特別補講では、あの阿呆どもに金の恐ろしさと倹約の素晴らしさをみっちり叩き込んでやる!」 不敵に笑いながら、瞬もまた別のコーナーへ歩き出してしまう。向かう先は分からなかったが、真奈美は小さくなる彼の背中を目で追うことしかできなかった。 「……確かに倹約は大切ですが……はぁ」 そして、一人残された真奈美は大きくため息を吐く。 多分、こうなるだろうとは予想できたが、小道具を選ぶのはやはり自分だけの仕事らしい。昨日、悟郎が押し付け…否、任せてくれた理由がやっと分かったような気がした。 けれど、それは同時に彼が自分を信頼してくれたということにも繋がる。その思いを心に刻み込んだら、なんだか勇気が湧いてきた。 『費用を抑えたいのならば、オレに任せろ。店員が泣きつくまで値切ってやるぞ!』 『何だったら店ごと買ってやろうか?』 雑貨店に入る前にそれぞれに言われたひと言を、真奈美は頭を思い切り振って払い除ける。 悟郎は、確かに適任者を選出してくれたのだが、さすがB6と言えばいいのか、彼らも余りに個性的すぎる。それは薄々気が付いていたことだが、今日のやりとりで確信に変わった。 となると、円滑に買い物を済ませるには、二人が離れた今がある意味チャンスなのかもしれない。 よし!と意気込んだ後、真奈美は悟郎のイラストを片手に、広い店内を闊歩した。 ――そして、一時間後。 炎天下の中、店を出る三人の姿があった。 大きな紙袋を両手に持つ真奈美の隣には、満足げな表情を浮かべる翼と少しだけ青褪めている瞬の二人が並んでいる。 「す、すまん、北森先生。つい熱くなってしまった……」 「いえ、案外すぐに見つかりましたし、大丈夫ですよ」 「その荷物、重いだろう? オレが持つ」 「え、これくらい平気ですって」 「いや、値切り交渉に付き合えなかった……その、詫びだ」 そう言って、瞬は真奈美の手から紙袋を半ば強引に奪い取る。 「新任!」 「は、はい、何でしょうか!?」 「この近くで美味いice creamが食べられるらしいな?」 「え、真壁先生、131アイスクリームをご存知なんですか?」 「ああ、昨日悟郎から聞いた。お前、場所は分かるか?」 「はい、一応」 「では、そこへ案内しろ」 「ええ、いいですよ。嬉しいな、私も行ってみたかったんです」 「ほう、ならば131種類全て食わせてやるぞ」 「ええっ、それはいくらなんでも無理ですよ!」 「フン、遠慮するな!」 「遠慮じゃありません!」 「「だが、甘いものは好きだろう?」」 二人同時に訊ねられ、一瞬だけ言葉を失う。 覚えていてくれたんだ、と。凄く些細なことだけれど、真奈美は胸が熱くなるのを感じた。 でも、これだけは言っておかなければと、思いっきり息を吸い込む。そして、 「そうですけど、限度があります!!」 可愛い生徒たちを諭すときのように、大きな声ではっきりと言い放った。 夏、太陽が心さえも照らす。そんな季節だった。 また長くなってしまった…すみません。翼の台詞がルーになりかけて困った困った(笑) 本編だと、真奈美は肝試し本番までB6が何に扮するか知らないみたいだけど、そこら辺は素流してやってください(笑) 2009.5.4.up |