*一輪の花


 煌びやかに装飾された豪華客船の大広間で、一輪の花を見つけた。青のドレスに身を包み、普段よりも少し大人びた表情を見せる花を。
 運がいいことに今はそれを愛でる人間の姿はない。
 触れてもいいものか、話しかけてもいいものかと思いあぐねていると、この好機を逃してしまうのかと脳裏でもう一人の自分が囁いたような気がして、躊躇うことなくその一歩を踏み出した。
「ご機嫌よう、北森先生」
「あ、天童先生もいらっしゃってたんですね」
 軽く会釈をし、その花は表情を綻ばせる。
 ただそれだけで眩暈を覚えたなんて、彼女に言ったらどんな反応を見せてくれることだろう。
 けれど、それを素直に言葉にしてしまうのは少々憚られた。
 おそらく彼女には言ってもらいたい相手が他にいる。
 たとえ彼女自身にその自覚がなかったとしても、天童はなんとなく察していた。
「あの、天童先生も誰かのエスコートを?」
「いいえ、男性はエスコートなしでも参加できますからね」
 天童の心のうちを知らぬ彼女の無垢な問いかけが、きゅっと胸を締め付ける。
 そうなのだ。女性である彼女が“この場”にいること自体が答えになっている。
 自分以外の誰かが彼女をエスコートをしたということをはっきりと物語っているのである。
 この会場で可憐な花を見つけ、少々浮かれていたのだろう。
 数日前から薄々感づいていたものの、目を背けていた胸の痛みが今更になって天童を襲った。
 けれど、それを今彼女の前に晒すわけにはいかなかった。自身の思考の揺らぎを彼女に気づかれまいと懸命に次の言葉を探す。
 そのとき、会場内に軽快な調べが流れた。
 少し前に円舞曲が終わりを告げ、そしてまた新たに始まったのである。
「北森先生」
「は、はい」
「私と踊っていただけませんか」
「え?」
 脈絡のない唐突な誘いに、彼女は驚きの表情を見せる。
「ぜひ、この私と踊っていただけませんか」
「で、でも、私全然上手くなくて」
「そんなことは構いません。私がリードしましょう」
 そう言って、少し強引に彼女の手を取った。
 天童は知っていた。
 彼女がB6や生徒たちに頼んで、ダンスの練習をしていたことを。
 天童は見ていた。
 僅かな時間の中で一生懸命練習に励み、少しずつ上達させていった彼女の姿を。
 彼女がダンスの相手を自分と想定していなくても構わなかった。
 ただ、彼女のその懸命さを自らの手で正当化したかったのかもしれない。
 練習のときに自分のところに駆け込まなかった彼女に少しのいじわるをしたかったのかもしれない。
 それはどちらも真実で。けれど、今の天童には彼女を連れ出す口実でしかなかった。
 ホールの中心で足を止め、天童は彼女の方に振り返る。
 正面に立つ彼女の表情は、やはりどこか不安げで。
 だから耳元に顔を寄せ、彼女にのみ聴こえるように囁いた。
「笑顔を見せてください、北森先生」
 煌びやかに装飾されたこの広間よりも。
 貴女を包むその輝かしいドレスよりも。
 壮大に奏でられる旋律よりも。
 その笑顔が何よりも美しい。
 祈るように、言葉を紡ぐ。
「どうか、今だけは私に」
 見つめた先にあるのは、私だけの一輪の花。





 生徒ルート(?)の天童×真奈美を書いてみました。
 一応天童視点なので、片思いっぽく終わってしまって申し訳ないです。
 自分以外に相手がいると思い込んでいる天童先生ということで(笑)
 GTRルートの聖帝祭は本編を楽しみにしてます。


 2010.2.11.up