*君のいない円舞曲


 慧と真奈美が付き合い始めてから、9ヶ月以上が経った、ある日のこと。
 のんびりと散歩を楽しんでいた最中に、慧は隣で歩く真奈美に向かってぽつりと呟くように言った。
「もうすぐ、あれが開催されるな」
「ん、あれ?」
「――聖帝舞踏祭だ」
 その名称を聞いて、真奈美の胸は少し高鳴った。
 一年前をなんだか懐かしく感じる。
「ああ、もうすぐ12月だもんね。そっかぁ、忙しくてすっかり忘れてたよ」
「……ま、まあ、僕としては、それならそれでいいんだがな」
「え、どういうこと?」
「余計な心配をせずにすむ」
「心配…?? あ、生徒会がいつも以上に忙しくなるから、それのこと?」
「聖帝祭自体は、吾妻たちに任せていれば問題ないだろう。心配など無用だ」
「うーん、それもそうだね」
 それでは何を危惧しているのだろう、と真奈美は小さく首を捻る。しかし、それもすぐに分かった。
「……もし、生徒や教師から誘われることがあっても、それを受けるんじゃないぞ?」
「うん、別にいいけど……そんなこと気にしなくても大丈夫だと思うよ?」
「……だが」
「私を誘う人なんていないってば。去年、トカゲにエスコートされた教師って散々言われてるくらいだもん」
「む。あ、あれはだな……」
「別にトゲーがパートナーで嫌だった訳じゃないよ? ただ、入り口にいた吾妻君が笑うのを堪えてたりして、ちょっと恥ずかしかっただけ」
「な、何!? くそっ、吾妻め……!」
「そこで吾妻君を怒るのは筋違いだから! そもそも、パートナーを選んでくれたのは慧君でしょ!」
「くっ、それは仕方ないだろう!? お前がA4や、B6、GTRの阿呆どもにエスコートされるよりはマシだと思ってだな……!」
「だから、阿呆なのはA4だけです! じゃなくて、マシってなんですか、マシって!」
 声を上げる真奈美に、慧が少し狼狽える。
「な、なんでお前が怒るんだ!?」
「それは怒りもするよ! 私がA4や先生方よりも、トゲーにエスコートされる方がお似合いだと思ってたってことでしょ!?」
「違う、逆だ! お前が、あいつらにエスコートされるところなど見たくなかったから…っ!!」
「え?」
「……トゲーならば、まだ許容できると……もしくは、成宮や風門寺先生のところの犬とか、嶺の飼っている猫とか」
 消え去りそうな声から挙げられたのは、どれも人間以外の名ばかりで。
 しかも、パウとロアは女の子だからエスコートは無理だよ!と、一応心の中で指摘する。
 けれど、その中でトゲーを選んだのは、担当教師である瑞希に対する慧なりの信頼の証なのかもしれない。
「できることなら僕がエスコートしたかったんだ……だから」
「そっか……ありがとう、慧君」
 殊に恋愛に関して鈍感な彼が、いつ頃から自分を意識してくれていたかは真奈美にも分からない。
 けれど、あのときの提案が、自分をエスコートできなかった慧の小さな我が侭であり、最大限の妥協であったことを知り、少し不謹慎だけれど嬉しくなった。
 それに、結局エスコートは受けられなかったけれど、彼との思い出はちゃんと残っている。真奈美にとっては、その事実だけで充分だった。
 だが、目の前の恋人には今でも心残りがあるようで。
「恋人の僕ができなかったことだ、他の男に許すはずがない」
「もうっ、一年前は付き合ってなかったでしょ!」
「……くっ、それはそうだが、これからだって許す訳にはいかない!」
 声高に、彼方に向かって宣言する。
「だから、GTRの誘いを受けるんじゃないぞ? ……目下危険なのは、あいつらだからな」
「もうっ、大丈夫だってば」
「あと、当たり前だが吾妻や川久保のエスコートも駄目だ!」
「はい、分かってます。私には慧君だけだから」
「……それならいい」
 真奈美の答えに、少し顔を赤らめながら満足そうに頷く。そんな慧を見て、思わず笑みが零れた。
「ふふっ」
「な、なんだ、急に笑い出したりなんかして」
「だって、慧君がそんなことを言うなんて、ちょっと珍しくて」
「む。普段口に出していないだけで、僕はいつも気にしているぞ」
「そうなの? もう、本当に心配性なんだから」
「……だが、貴女からの愛を疑ったことはない。それだけは信じてくれ」
「うん、もちろんだよ」
 付き合いだして、一ヶ月ほどのとき。聖帝学園の校門前で、いきなり恋人宣言をし出した慧の姿を思い出す。
 少し強引で、やきもちやきなところもあるけれど、飾らない想いを真っ直ぐにぶつけてくれた。
 そのとき自分に向けてくれた彼の眼差しの強さを今でも覚えている。
「変わらないね、慧君」
「ん? どうした、突然」
「ふふ、内緒。でもね、私も変わらないよ」
 慧の気持ちを疑ったことはない。もちろん、この想いが変わるはずもない。
 繋いだ手を強く握り締め、顔の火照りを鎮めるために、真奈美は勢いよく駆け出した。
 急に手を引かれた慧は、一瞬慌てた様子を見せたものの、すぐさま彼女にペースを合わせてくれる。
 顔に受ける空気は、少し冷たかったけれど、だからこそ心地よく感じられた。


「ん、確か聖帝関係者ならばエスコートできたはず。OBということで吾妻に打診してみるか……?」
 この小さな呟きは、風の中に生まれ、そして誰に届くこともなく、静かに消えていった。





 卒業後の聖帝祭を心配する生徒が書きたかったんですが、誰にするかは最後まで悩みました。
 最初は、教師vs生徒みたいなのを考えていたのに、いつの間にやらこんな話に。ま、いっか(笑)
 それにしても、トゲーは凄すぎ!(笑)


 2009.4.10.up