*声無き、声 プルルル… プルルルル… 『……はい、北森です』 何度目かの呼出音の後に、彼女の声が聴こえた。 「俺だ」 『あ、千聖君? どうしたの、家に掛けてくるなんて珍しいね?』 名乗らずにいても、気付いてくれる。 それは俺だから?と自惚れてしまうけれど、多分正しくは“彼女だから”。 “彼女だから”、天でも、多智花でも、嶺でも、その声だけで誰のものか気付くのだろう。 「今日の礼と、明日からのことを聞こうと思ってな」 『あ、そういえば話し合ってなかったね…って、それよりも、まずはこっちを言わなきゃ。こちらこそ、今日はありがとう。凄く楽しかったよ』 「ああ、俺もだ」 電話越しに聴こえる声に俺の心まで弾む。 『本当はね、舞踏祭に参加するなんて初めてだったから少し緊張してたんだ』 「そうなのか?」 『うん。三週間ダンスの特訓はしたんだけど、あまり上手にはなれなかったから心配だったの。でも本番ではちゃんと踊れたし、それにね、さっきも言ったけど凄く楽しかった』 ――千聖君がいてくれたからだね、本当にありがとう。 そう続ける彼女に、また自惚れてしまいそうになる。 さっきまで隣にいたのに、触れた手や肩から彼女の体温を感じることができたのに、今はこの距離がもどかしい。 「俺も同じだ。お前の指導が的確だったからかもな」 『そ、そうかな? 千聖君のセンスが良かったお陰だと思うけど、そう言って貰えると先生としては嬉しいです』 平静を装い、言葉を返す。彼女の声色に、顔は見えなくとも頬を赤く染めているのだろうと容易に想像ができた。 不破流古武術の第一人者であり、天賦の才を持つ正統なる後継者。 不破千聖という人間を、彼女はそれだけで見ようとはしない。むしろ、それは俺の中の一部分に過ぎないと言う。 『私が知ってる千聖君は、面倒くさがりで、釣り好きの、ちょっと手を焼く、ただの高校生だから』 『武術もすごい、でも釣りもすごい、料理もすごい! それが千聖君よ。あと、踊りも上手いっていうのも足してあげるね』 先刻も彼女はそう言って微笑んだ。 俺の一部を否定せず、全てを見ようと、受け止めようとしてくれる。 そんな彼女に、俺は――。 『それなら、明日からの補習も張り切って指導させてもらうね!』 「いや、それは遠慮する」 『え、どうして? 明日からのことも相談するために電話をくれたんだよね?』 「まぁ、そうなんだが……」 今日のお礼と明日からのこと、もちろんこれらを伝えるために電話を掛けた。 けれど、それも一部に過ぎず。 一番は彼女の声を聴きたかったから。 今日という日の終わりに、彼女の声を心に留めておきたかったから。 そして、補習を口実に、明日も貴女に会いたいから。 そんなことを口にしたら、彼女はどう反応するだろうと少しだけ不安になる。 俺が恋焦がれていることに彼女は気付いていない。 あの天十郎さえも変な手回しをするほどなのに、と今日のことを思い出して、恥ずかしさと怒りとが混ざった何とも言い難い気持ちになる。 俺も彼女の全てを見たい。彼女の全てを知りたい。 この想いを自覚したとき、知らなかった自分の一面に一瞬戸惑いを覚えた。 けれど、この恋慕も紛れもなく俺の一部で。そして、それは日に日に大きさを増している。 今はまだ、この秘めた想いを伝えようとは思わない。 彼女にとって俺は生徒の一人に過ぎないから。 でも、いつか見せる日が来ることを祈って、俺は電話越しの彼女に言葉を掛ける。 耳元に彼女の快活な声が響くと、自分の胸が高鳴るのを感じた。 声無き声で訊ねる。 ――この想いさえも、貴女は受け止めてくれますか? 前回書いた「素直じゃない」で書ききれなかったところの補足です。 まだ、継承の儀前だけど、真奈美への想いは結構大きいはずと思って書きました。なんせ本人曰く文化祭のときから…(笑) そんな千聖が大好きだ!(無理矢理〆る) 2009.4.30.up |