*素直じゃない 「覚悟しろ、天っ!!!」 スッパーーーン! 「いっでぇぇぇぇ!!」 千聖の手にあるハリセンが天十郎の後頭部を直撃すると、快音と共に彼の悲鳴も成宮邸(の天十郎の自室)に響き渡った。 だが、たった一発叩いたところで、胸の内にある怒りが治まることはなく、また沸々を湧き上がる感情に従い、千聖は右腕を大きく振りかぶった。 「お、おい、待てって千! 上手くいったってのに、なんでそんなに怒り狂うんだよ!?」 「上手くいっただと!? 俺を騙して、貴様はそんなに楽しかったと言うのか!?」 「だから、俺様の親心だって何度も――」 「聞く耳持たんっ!!」 天十郎の言葉を遮り、千聖は力の限りにハリセンを振り下ろす。 スッパーーーン! 「だぁーー痛ぇっての!!」 「うるさい!!」 繰り返される怒鳴り声の応酬。そして、たまに響くハリセンの音。こんなやり取りがもう三十分ほど続いていた。 「も〜チィちゃんもしつこいねぇ」 「だよだよね〜」 二人の言い争いを余所に、アラタと八雲は少し離れたところで暢気にお茶を啜る。彼らの周りだけは、どこか平和な空気が流れていた。 頭を擦りながら部屋の中を逃げ回る天十郎を、千聖は猶も追い続ける。どうやら、あと数十発は殴らないと気が済まないらしい。 千聖が荒れる原因は、今日開催された聖帝舞踏祭…の三週間前に天十郎が告げた一つの嘘にあった。 それに見事騙された千聖は、真実を知ったとき、悔しがり、そして憤怒した。とりあえず一度は落ち着きを取り戻し、聖帝祭も無事に終えたものの、元凶である天十郎に対しての怒りはどうやら消えていなかったようで。「帰ったら、もう一度締める」と真奈美に宣言した通り、アラタたちも連れて帰宅してからは、彼の脳天に感情をそのまま叩きつけ続けていた。 「まぁまぁ、チィちゃんもそろそろ勘弁してあげなって」 「そうだよー。武闘祭ってウソ吐いたのはてんてんが悪いけど、別に面白がってた訳じゃないんだし〜」 二人のやり取りを和やかに観賞していたアラタと八雲がようやく擁護の言葉を掛ける。 その声に、目の前でしゃがみ込む天十郎に向けて振り下ろそうとしていた手を止め、千聖はアラタたちに視線を移した。 「天ちゃんはさ、チィちゃんのためを思って嘘を吐いたんだよ?」 「……俺のため?」 「お、おい、おめぇら!」 「てんてんは少し黙ってて」 八雲に一睨みされた天十郎は言い掛けた言葉を飲み込み、更に身を小さくさせる。 「ねぇねぇ。ふーみんは〜、聖帝舞踏祭って聞いてたら今日参加してた?」 「……む」 「いつもの『面倒だ』で、サボってたかもだろ? だから、天ちゃんはチィちゃんを誘い出すためにあんなこと言ったんだってば。うーん、これってまさにOAY? 漢の熱い友情?」 「実際、今日のふーみんはアツアツでしたぞ〜」 「ンフッ。そうだったねぇ、やっくん」 目を見合わせて微笑む二人を前にして、千聖は口を挟むことができずにいた。ただ、掲げていた腕を重力に任せてゆっくりと下方へ垂らす。 『聖帝舞踏祭って聞いてたら今日参加してた?』 つい今しがた八雲に問われたことが千聖の脳裏から離れない。 正直、イエスとは即答できなかった。 アラタが言うように、面倒くさがって、サボろうとしたかもしれないし、例え参加したとしても女性を…彼女をエスコートできるとは思わなかったはずである。実際はどうにか体を成していたものの、数刻前の自分はダンス未経験者だったのだから、その可能性は非常に高い。 もちろん他の男に譲る気もないが、自信を持って誘うことはできなかったと思う。 そう考えると、武闘祭と勘違いし、気負うことなく彼女を介錯人として指名できたことは、千聖にとっては幸運なことだったのかもしれない。 とはいえ、勝者は最高の伴侶が得られるなどという天十郎好みの嘘情報まで信じてしまったことは悔しいが。 「チィちゃんの気持ちも分かるけどさ、もう十分叩いただろ? 勘弁してあげたら?」 「じゃないと、てんてんがもっとも〜〜っとアホになっちゃうよ〜」 アラタたちの言葉に、千聖は盛大にため息をついた。全身を占めていた怒りの感情が一気に静まっていく。 「…………天のアホさ加減は既に限界を越えている。これ以上手遅れになることはない」 「んだとぉ、千!」 頭を抑え、しゃがみ込んでいた天十郎が声を上げて反応するが、千聖は気にせず言葉を続けた。 「――だが、三週間訓練に励むことができたからな。それだけは感謝してやる」 視線を天十郎に向け、少しだけ口角を上げる。 「まったく、チィちゃんは素直じゃないねぇ」 「てんてんもねぇ〜」 千聖の声色に、穏やかなものを感じた二人はほっと胸を撫で下ろし、小さく囁き合った…のも束の間。 「おう、感謝しろ! それに千の嫁取り、この天十郎様が応援してやるってんだから、へのほの号に乗ったつもりでドーンと構えてろよな!」 「調子に乗るなっ!!」 スパパーーーン! 声と共に、千聖は一度下ろした腕を再び振り上げ、天十郎の頭めがけて力一杯叩きつけた。 この一撃を繰り出したとき、千聖の頬が一瞬紅色に染まっていたことに、そこにいる者は誰一人として気づかなかった。 千聖視点、アラタ視点と色々悩みましたが、最終的には千聖寄りの三人称に。天が殴られすぎですみません(笑) バレンタインとか完璧結末の最終章のときに、千聖たちのことを気にかけているA3が微笑ましくて好きです。愛されてるなーと。 2009.4.28.up |