*お兄ちゃんは心配性? その日、千聖は朝から不機嫌だった。 朝礼からサボろうとするし、昼食のときは珍しくおやつを作ってくれず他のA3を困らせた。彼を心配した真奈美が何度か話しかけてみると、とりあえず無視せずにいてくれたが、必要以上の言葉は返してくれなかった。 そして、その状態は現在――放課後の補習のときまで続いていた。 ClassZの教室には、眉に皺を寄せ、絶えず欠伸をしている千聖と、教科書を握り締め、縮こまる真奈美の姿があった。 実を言うと、今日一日の千聖の様子を見ていた真奈美は、彼との補習を半分諦めかけていた。千聖にだって不機嫌になるときもあるだろうと思ったし、そんな状態の彼に勉強を強制させる気にはどうしてもなれなかったからだ。それに、最近は真面目に参加してくれることもあって、一日くらいの遅れならばすぐに取り戻せるという自信もあった。 けれど、千聖は教室で待っていてくれた。そのことに驚きもしたが、それ以上に真奈美は嬉しかった。 だからこそ、気合を入れて始めようとしたものの、隣に座る青年は不機嫌のままで。重い空気に、自分の声がだんだんと小さくなっていく。もちろん、補習など順調に進んでいるはずもなく、真奈美は自分の不甲斐なさを恨んだ。 そんな彼女の心情を察してか、一度深いため息をついた後、千聖がぽつりと呟いた。 「お前、俺に言うことがあるだろう?」 「え?」 そう言って、じっと真奈美を見詰める。千聖の表情は硬く、その視線もいつもより鋭く感じられたが、真奈美には言葉の意味が汲み取れなかった。 しかし、千聖は表情を崩すことなく続ける。 「今度の日曜、出かけるらしいな?」 「うっ、どうしてそれを――」 「訊ねているのは俺だ。……誰と会う約束をしている?」 「ち、千聖君、顔が怖いよ?」 「答えろ」 「ううっ。えっと…………ひ、秘密かな」 考えあぐねた末、千聖から逃れるように視線を逸らし、不自然にそう答える。 「隠そうとしても無駄だ、俺は分かっている」 「う、でも……」 「そいつに口止めされているのか?」 「べ、別に口止めなんて! ただ、内緒にしようって言われてるだけだよ」 「それが口止めなんだ。ふぅ……その日、沙耶香と出かけるんだろう?」 「うっ……」 「お前は嘘が吐けないんだから、素直に認めろ」 「うう……はい、そうです……」 「……やはりな。くそっ、俺は聞いていないぞ」 「あの……ごめんね、千聖君」 「俺は、お前に謝ってほしいんじゃない。……少しは腹が立ったがな」 苛立ちを隠さない千聖のひと言に、真奈美は少しだけ身を小さくさせる。彼が一日中不機嫌だった理由が、やっと分かった。 「だが、悪いのはあいつだ。こんな大事なことを俺に隠すなんて」 「沙耶香さんを怒っちゃダメだよ? 黙っていたことなら、私だって同罪なんだから」 「そうじゃない。沙耶香が、お前と出かけること自体が……」 最後まで言わず、口ごもる。普段から冷静な千聖がこのような動揺を見せることに、真奈美は少し驚いた。 そして、彼が本当に妹思いなのだということを改めて実感する。大切な妹を心配する気持ちも分かるけれど……なんだか、胸の奥がちくりと痛い。 そんな真奈美の心情を知るはずもない千聖は、再び彼女に訊ねる。 「あいつはとても楽しみにしているらしい。……お前も、なのか?」 「うん、もちろんだよ! ショッピングモールを廻って、色んな服を見たりしようねって話になってて」 「……そうか」 「だからごめんね、千聖君。大事な妹さんを一日お借りします」 「別に、今は毎日会っているんだから、一日くらいでとやかく言う訳がないだろう」 自分との外出を快く思っていないはずの千聖の、予想外の答えに真奈美は少し首を捻ったが、『毎日会っている』という言葉を聞いて同時にほっと胸を撫で下ろす。 嫁取り問題が解決した今、彼が実家にちゃんと帰っていることが分かったからだ。 「それに、男と出かけるのでもないんだし」 「ふふ、やっぱり男の子と出かけるのは嫌なんだ?」 「それは当たり前だ。俺が知っている男はろくな奴がいないからな……って、そうじゃなくてだ。お前も、その…楽しみにしているのなら仕方ない。妹の相手を頼む」 「うん、こちらこそ宜しくお願いします」 そう言って、お互いに頭を下げる。まるでお嫁さんを貰うみたい、と真奈美は少しおかしくなった。 「でも、今度からは俺にひと言声を掛けてくれ」 「え?」 「俺も……できれば、一緒に行きたい」 「もうっ、心配性なお兄さんなんだから」 「……違う。ったく、なんでお前はそこまで鈍いんだ」 「む。何よ、その言い方」 「まだ分からんのか、このほげが。休日は俺だけのために空けておけと言っているんだ」 「え? ええっ!?」 千聖のストレートな言葉に、真奈美は耳まで真っ赤にさせる。だが、 「くっ、くくく……」 「…! 千聖君〜!?」 「さっきまで小さくなっていたかと思えば、急に顔を赤くさせたり、ころころと表情を変える。……お前は本当に面白い奴だな」 「もう! また、からかったんでしょう!」 眉を吊り上げる真奈美を見て、千聖がまた盛大に笑う。 二人の間に流れる空気は、完全にいつもの和やかさを取り戻していた。 「そういえば、なんで千聖君は沙耶香さんと出かけることを知っていたの? 私たちだけの秘密だったのに」 「……とある筋から聞いた」 「とある筋?」 「まぁ、気にするな」 「えーそんなこと言われると余計気になるというか……」 「休み明け……いや、明日には分かるだろうから、楽しみにしておいてくれ」 意味深なことを告げられ、首を傾げる真奈美に、千聖はただ優しい眼差しを向けていた。 ――その夜、成宮邸にて。 「天十郎さん?」 「げげっ、サヤっぴょ!?」 「今度の日曜日は北森先生と出かけるから、ちぃチャンの確保をお願いしますって頼みましたよね?」 「うっ、そうだけどよ……」 「しかも、先生と出かけることは秘密にしてとも言いましたよね?」 「げっ、もしかして――」 「…………なんで、ちぃチャンにバレているんですか?」 「だ、だってよぉ、おめぇと出かけるなんて先生が可哀相だと――ぐへっ!」 手刀を首に打ち付けられ、天十郎はその場で気を失う。そして、彼のトラウマがまた一つ増えたのだった。 なんだか千聖が困った兄ちゃんになってしまいました。兄妹だからこそのやきもちということで(笑) そして、よく考えると、アラタと八雲はとばっちり(笑) 2009.4.8.up |