*宝物の隠し場所* 昔から、自分の心を呆気ないくらいに動かせる存在は、父でも母でも弟でもなく。ただ一人の、小さな幼馴染であった。 難しい言葉ではなく、握り締める掌、ふわりと綻ぶ顔、奏でられる音楽。それら全てが律の心を温かくして、溢れる感情そのままに、律の表情も無意識に変わる。 するとそれを見た幼馴染が益々笑顔を深くするから、微笑みの循環は止まらない。 特別の文字を具現化させたら、それはきっと少女の形を取るのだろう。素直で愛くるしい妹のような幼馴染が微笑む日常は、何物にも変えられない掛け替えのないものだった。 「律くん」 覚えている頃より少しだけ身長を伸ばし、落ち着いた笑みを浮かべるようになった幼馴染は迷うことなく掌を伸ばす。 躊躇のない仕草はかなでが甘える時に良く見せるもので、ふむ、と暫くそれを眺め律も同じように手を差し出す。ぱっと表情を輝かせたかなでは律の手を取るとそのままもう片方の手も回してぎゅっと握り締めた。 包み込まれた掌を黙って見詰めた律は、表情こそ崩れていないが内心ではとても驚いていた。証拠に普段よりも僅かに眉が上がり、目が丸くなっている。 その微かな変化に気がついたかなでは、クスクスと喉を震わせた。 「──どうした?」 「ん・・・あのね、良かったなって思って」 堪えきれないとばかりに声を漏らす幼馴染の言葉に首を傾げる。これほどに嬉しくなるほどの何があったというのだろうか。 普段から笑っている印象の強いかなでが、本当に上機嫌な時に見せる首を竦めた笑い方はこちらに移るくらいに幸せそうなものだが、その理由が判らずに見詰めれば、まるで律の心を読み取るように目を眇めた少女は更に笑みを深くした。 「律くん、またヴァイオリンが弾けるんでしょう?」 「──ああ。だが、それが」 どうした、と続ける前に嬉しそうに口元を綻ばせたかなでは、握られた律の手の甲に口付けを落とす。 柔らかな羽が掠めたような感触に、目を見開いた律は彫像のように動きを止めた。だが、かなではそんな律を気にすることなく言葉を続ける。 「律くんがヴァイオリンが弾けるのが嬉しい。律くんが嬉しそうなのが嬉しい。律くんの音が聞けるのが嬉しい。律くんと一緒に弾けるのが嬉しい」 口下手な律とは違い、惜しむことなく注がれる言葉。飾り気はないがその分想いが込められたそれに、律の目尻が徐々に赤く染まる。 空いているもう片方の手で口を覆い俯けば、また優しい温かさが手に伝わった。 今度は甲ではなく、掌に。 「私、律くんの音が好き。夜に浮かぶ月のように、落ち着いた光を湛える、大きな優しさを秘めた音。技巧も情感も凄いけど、律くんの心そのものの音が本当に好き」 だから、それがもう一度聞けるのが凄く嬉しいと。 無邪気に微笑むかなでに、何を言えばいいのか判らない。 視線をあちらこちらに逸らし──結局地面に落ち着ければ、鈴を転がしたような笑い声が響いた。 ああ、何処までも彼女に勝てない 苦い言葉とは裏腹に、広がっていく甘い感情。 けれどやられっぱなしは年上の沽券に関わると、唇を少しだけ持ち上げ。 「俺も」 「え?」 「俺も、お前の音と絡むヴァイオリンの音が好きだ」 真っ直ぐに瞳を覗きこんだまま、掴み返した手の甲に口付けを落とした。 途端に桃色に染め上がった頬に、やっぱり幼馴染直伝の微笑が浮かぶのは、彼の大切な日常である。 「I wish」の国高ユウチさまから引越しのお祝いとしていただきましたー!(第二弾) 実は優柔不断な管理人が、一つに決められず二つリクエストしてしまったんですね。 そうしたら、優しいユウチさまはどちらも書いてくださって…! 申し訳ないやら、嬉しいやらで、最終的には一生ついて行くと決めました!(真顔) ユウチさま、本当にありがとうございました! 律かなのこの距離感大好きです!! ユウチさまも大好きです!!! 2010.5.5.up |