* 届かぬ声、消えた想い * 自身を包む心地よい恍惚に酔いしれながら、アウルは覚醒した。 重い目蓋をゆっくりと持ち上げると、深紅の布の海が一面に広がっていた。 目を覚ますたびにアウルは思う。この色は、嫌いだ。 アウルが上体を起こすのとほぼ同時に、隣にいるスティングもむくっと起き上がった。 両者の目に、無人の“揺り籠”が映る。 以前、この一人分持て余してる“揺り籠”を指して、ここには誰がいたんだ?と尋ねたことがあった。 近くにいた研究員曰く、使い物にならなくなったから廃棄処分したのだとか。名前など詳しいことは教えてくれなかった。 しかし、アウルはただ、ふーんと呟くと、そのままメンテナンスルームを後にした。捨てられたモノに興味はなかった。 一瞬、胸の奥がほんの少しズキリと痛んだような気がした。 アウルは自分の存在意義を彼なりに理解している。 使えなくなったら捨てられる。そういった考えに疑問を抱いたことはない。道理だとも思っている。 自分たちは殺すための道具として育てられ、現在まで生きてきた。使い物にならなくなるということは、己の死を意味する。だから、生き残るために眼前の敵を倒し続けるのだ、永遠に。 ……そしていつか、兵器として死んでいく。 廃棄処分だって? ふん、バカみてぇ。 自分は、そんなヘマはしない。する訳がない。 そんな思いが頭の隅に生まれ、そして一瞬で消え失せた。 “揺り籠”から目覚めたばかりのアウルに、そのような雑念は不要だった。今、彼の心を満たしているのは高揚感だけなのだから。 スティングとぶらぶらと艦内を歩いていたら、突然「今日はやることがある」と告げられた。最近のスティングはパソコンの前に向かうことが多い。アウルが、またそれか?と尋ねると、緑色の髪の少年は「そんなところだ」と肩を竦ませながら応えて、さっさと自室に消えていってしまった。 一人ぽつりと残されるアウル。 アウルは身体を動かすことが好きだ。暇なときは、スティングを誘ってバスケなどをしたりする。それらの遊びは、身軽で運動神経抜群なアウルの得意分野でもあった。 しかし、早速遊び相手に逃げられてしまった彼は、思わぬ事態に少し途方に暮れる。 同年代が自分を含め二人だけとは少なすぎる。そんな愚痴を零したくなった。 スティングとの付き合いは長いはずなのに、彼がいないときの暇の潰し方を自分は知らない。 はっ、そんなバカな。 自分の記憶に悪態をつくが、応えなど返ってくるはずもない。 ただ、一瞬胸の奥がズキリと痛んだような気がした。 またか、アウルは思った。 最近、胸の辺りがちくちく痛むのだ。 特に外傷もないので、研究員には告げてはいない。それに研究員からも何も言われないので、気にしないことにしている。 アウルはその痛みを払うように大きく伸びをすると、廊下を軽やかに駆けた。 よし、今日は街に出よう。 潮風を全身に受けながら、アウルは街へ続く道を歩いていた。車を走らせる距離でもなかったので、自分の足で行くことにした。 遠く前方には街、そして左手に広がるは青々とした海。それらを交互に眺めながら、アウルは穏やかな気持ちでいた。 頭上で飛び交うカモメの群が目に入る。彼らは、思い思いに鳴いては、光り輝く海に惹きつけられて、そちらに飛んでいった。アウルの視線も攣られて、海に向けられる。 「予定変更」 口端を上げて呟くと、アウルは身体を左側に向けた。そして、白い浜辺に向かって、大股で歩いた。 飛ぶように浜辺に下りたアウルは、軽やかに浅瀬に向かった。潮の香りが自身の鼻を刺激する。 身体中に感じる心地よさを噛み締めながら、背伸びをする。同時に深呼吸をしてみると、甘美な息が漏れた。 「アウル…!」 突然の自分の名を呼ぶ鈴のような声に、アウルは一瞬身体を強張らせた。勢いよく、声のした方に顔を向けると、小さな人影が一つ目に入った。その影が駆け寄ってきて姿を露にする。 白いドレスを身に纏い、軽やかに駆ける少女。黄金色の髪は、日の光を浴びて、更に輝きを増している。 「お前……」 アウルは眉を歪ませて、近づいてきた少女を見やる。 「私のこと、分かる?」 軽く息を弾ませながら、少女が言った言葉はそれだった。頬をやや赤らめて、期待を込めた瞳でアウルを見ている。 「この前のバカ女」 アウルが軽蔑を含んだ声で言うと、少女の身体が小さく震えた。 「本当に……忘れちゃったの?」 菫色の瞳を震わせて、首を傾げる。 胸の奥がちくりと痛む。不愉快だ。自分を満たしていた高揚感が、少しずつ削られていく。眼前の少女のせいだ、とアウルは思った。とても不愉快だ。 「あんたこそ忘れたの? あんま関わってると、痛い目見るぜ?」 頭を乱暴に掻きながら、アウルはぶっきらぼうに言った。視線の先に少女はいない。 「アウル……」 それでも自分の名を呼び続ける少女に、アウルの苛立ちも頂点に達する。一歩身を引いて、少女の全身を睨み付けた。その存在自体が憎いと思わせるような口ぶりで言葉を繋げる。 「なんかさぁ、痛いんだよねぇ、お前見てると」 「え?」 「あと、すっげぇイライラする」 少女から漏れた声を耳にしつつも、アウルは追い討ちをかけるように言い放つ。 また痛みがアウルの胸を刺した。しかし、それさえも無視するように、打ち消すように、黒い感情が自分を支配していく。 「もし、お前のことを忘れてるとしても……思い出すなって言ってんのかも、ここが」 そう言って、こめかみの辺りをつんつんと指差した。 「どっか行けよ。目障りだから」 少女に背を向けて、真っ青な海を見た。 自分がここを去ればいいはずなのに、足が動かなかった。 憎いなら、消してしまえばいいのに、自分にはそれが可能なのに、出来なかった。そんなことも考え付かなかった。 「アウル…!」 名を呼ばれたのと同時に、背中に体温を感じた。 人間の柔らかい感触が、アウルの背中を包む。 少女は肩を震わせていた。 泣いているのか? そう思ったが、背中に顔を埋めているので確かめようがない。 振り払おうという感情は起こらなかった。 “揺り籠”では感じることのない、心の動きがアウルの中に生まれた。 「ピーピー泣くなよ。痛いって言ってんだろ」 「う……うっ、うぁ…」 痛い 痛い 痛い あんたの顔を見てると あんたの声を聴いてると あんたの体温を感じてると 不愉快なくらい痛くなるんだ 「なぁ、痛いんだよ……胸が」 自分の胸を刺す痛みの意味をアウルは知らない。その感情の名前をアウルは知らない。 後ろで泣きじゃくる少女なら、その意味を、名前を知っているような気がした。自分に教えてくれそうな気がした。 さっぱりぷーですみません。ラブラブにしたいのに出来ない自分が憎いです。 前回、泣きまくってたステラが、またアウルの前に平然と現れたのは、彼女が忘れっぽいからではありません(笑) シンの頑張りがあったと思ってください(笑) 書けたら、それも書きたいです(笑) 完結したのかしてないのか、自分でも分からなかったり…。ちょっと時間ください〜。 2005.4.29.up |