* 届かぬ声 *


 ステラは人混みの中にいた。
 隣に並んで歩く少年が、逸れないようにと始終こちらを気にしていることにも気付きもせず、少女は自分のペースで歩く。
 その足取りは軽やかだった。


 ふと少女の虚ろな瞳に、2つの人影が映った。
 雑踏の中ででも見逃すはずがない、少し前まで懸命に追いかけていた彼らの後ろ姿。
 それを捉えた瞬間、ステラの菫色の瞳に光が射した。目を見開らかせ、口からは小さな歓喜の声が漏れる。
 少女は、見知った後ろ姿の方へと、胸を躍らせながら駆け寄っていった。
 突然の少女の行動に、隣にいた少年の思考が一瞬停止する。
 はっとしたときには、もう遅かった。少女を必死になって追い掛けようとするが、人の波に妨げられ、上手く足が進まない。
 堪らず少女の名を口にするが、その声が彼女の耳に届くことはなかった。
 少年は頭を垂らし、小さく「くそっ」と舌打ちをする。
 彼の深紅の瞳に後悔の色が映った。


 ステラは懸命に走った。以前の彼女がそうしていたように、息を弾ませながらも一途に走った。
 いつの間にか雑踏からは外れ、人気のない裏通りに出る。
 少女は立ち止まり、辺りを見渡した。

 確かこっちに入っていったはず――

 そんなことを考えていると、突然首筋にひんやりと冷たいものが当たり、ステラは背筋を凍らせた。
 それと同時に背後から少年の声が響く。

「なんだよ、女の子じゃん」

 その聴き慣れた声に振り向こうとするが、頭部を押さえられ、身動きが取れなかった。

「……なぁ、どうしよっか、こいつ」

 少年はまるで遊び道具を見つけた子供のように、声を弾ませる。すると、また背後から人の気配がした。

「どうするったってなぁ」

 もう一つの声には、困惑の色が込められていた。その声にもステラは懐かしさを感じる。

「あんた、何で僕らを追ってきたわけ?」

 先程の声がステラに尋ねた。首筋に押し付けられたものが、銃口であることにステラは気付く。
 しかし、彼らがなぜ自分にこのような態度を取るのかは分からなかった。
 自分はただ、彼らとの再会を喜びたかっただけなのに――なんで?

「アウル……」
「ああ!?」

 少女が呟いたのと同時に、少年は左手で押さえる頭部を強く後ろに引っ張った。突然の苦痛にステラは「うっ」と小さく悲鳴を上げた。

「おい、よせ、アウル!」
「うっせぇ、黙ってろ!」

 スティングと呼ばれた少年の制止も聞き入れず、少年は声を上げる。

「なんだよ、お前は!! なんで僕の名をっ!」

 一瞬、ステラの目に映った少年の表情には驚愕の色が見えた。端整な眉を吊り上げ、ステラを押さえる手にも力がこもる。
 少女は苦痛に顔を歪ませながらも、必死に声を絞り出した。

「わたし、ステラ……」
「はぁ!?」

「忘れちゃったの? アウル、スティング……?」

 その言葉に、アウルの手に込められた力が緩んだ。ステラの身体は重力に従ってゆっくりと下方に向かい、そして地面に倒れこんだ。少女は首を抑え、何度か咳き込む。

「お前、一体・・・」

 声を漏らしたのは、刃物のような瞳を持つ少年の方だった。出会って以来一度も向けられることのなかった、懐疑の込められた彼の声に、ステラの肩が小さく震えた。

「どうして……」

 少女の呟きに、2人の少年は同時に顔を見合わせた。長身の方がやれやれと肩を竦め、ステラの横に腰を下ろす。

「悪いな、俺たちはステラなんて知らない。怖い思いをしたくなかったら、これ以上関わらないことだ」

 そう言って、少女の金色の髪を軽く撫でた。そしてステラが顔を向ける前に、すっと立ち上がると、ゆっくりと足を進めた。

「ちっ、気味悪いぜ」

 アウルはそう言い捨てて、未だ顔を上げようとしないステラに背を向けた。その手には既に銃は握られていなかった。

 2人が去った後も、ステラはそこに倒れこんだままだった。
 瞳に堪った水滴が、瞬きと同時に頬を伝って一気に流れる。
 胸に刺さる苦痛を必死に抑えようとしたが、どうにもならなかった。


 黒髪の少年がやっとの思いで少女を見つけたとき、彼女は肩を揺らし慟哭していた。
 少年が近寄り、少女の肩を優しく抱く。その小さな肩を震わせ、少女はいつまでも泣き続けた。
 声が嗄れるまで、いつまでも。



 to be continued……



 捏造小説第二弾(爆) 初めに謝っておきます。暗い話で、真に申し訳ありません。
 こんなBADENDを私は望んでいませんので!
 書きたかった内容とは全く逆方向に進んでしまったため、続きを書きます。必ず書きます!


 2005.4.18.up

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