* 彼らの幸せ *



「僕らが得られないものって何だか分かる?」

 不敵に笑って、アウルはステラの耳元で問うた。その静かに囁かれた声は妙に艶を帯びていて、少女の右耳を刺激し、その身体を捩じらせる。
 問いかけたものの、アウルはステラに答えを求めたわけではなかった。だから、少女が言葉を紡ぎ出す前に自ら口を開く。

「色々あるけどさ、簡潔にまとめるとすれば」

 淡々と言葉を紡ぎながら、ちらりと隣に寄り添う少女に視線を向ける。

「人並みの幸せ、じゃねぇ?」

 その言葉とは裏腹に、少年は尚も笑みを絶やすことなく続けた。

「どんなに手を伸ばしたって、届きっこない」

 そして、自身の右腕を伸ばし、高く天井に掲げて、ゆっくりと空を掴む。

「僕らには得られることは、ない」


 少年の目には、自身の手は真っ赤な血で染まっているように映る。
 今まで奪ってきた、たくさんの命。
 彼らの悲痛な叫びが鮮血となり、自分の手をまだらに染めていく。
 それを忌み嫌ったことも、誇りに思ったこともなかった。
 破壊のみを知るその手は、少年にとって唯一の存在意義だった。

 そして、それは隣で身を寄せる少女にとっても同じこと。
 どう足掻いても、この生き方から逃れることはできないことを自分は知っている。


 だって、僕らはその術を知らないから。


 自身の拳をじっと見つめるステラに視線を移し、アウルはまた問いかけた。

「それを知って、お前は悲しい?」

 ゆっくりとステラも視線を向ける。少女の菫色の瞳に少年が映った。
 その表情はとても柔らかかった。目を細め、少女の“答え”をただ静かに待っている。

「ううん」

 少女は首を振って、短く答えた。
 そして、満たされた表情で眸を閉じ、少年の左腕にそっと顔を摺り寄せる。

「だよねぇ」

 少女の言葉を受け、アウルは満足そうに微笑んだ。


 そう。
 僕らは、別に悲しくなんかない。
 僕らには、幸せなんか必要ない。
 誰かから与えられるのも御免だ。

 これ以上、何も望みやしないんだ。
 ただ、失わなければ、それでいい。
 欠けなければ、それでいい。






 最近、ネガティブアウルばっかり書いてますねぇ。
 人として扱われない彼らに、人並みの幸せを願えって言っても無理なこと。
 でも、私は願ってしまいます。彼らにとっての幸せを。

 2005.6.19.up