* milk *


 アウルとステラが喧嘩をした。いや、現在進行形で“している”。


 二人に直接確かめた訳ではない。ただ長い付き合いだから分かるのだ。
 ステラが明らかにアウルを避けている。むしろ無視しているようにも見える。三人で一緒にいても、アウルはいないものとして行動をしているようだった。
 アウルもアウルで、大変機嫌が悪い。悪いなんてもんじゃない、大荒れだ。いちいち俺に突っかかってくる。勘弁してくれ。


 いつもは目も当てられないくらいベタベタしている(というかアウルが一方的にべったりしている)のに、ここまで忌避されると、こちらの居心地が悪い。
 なんとか仲直りしてほしいものだが、どちらかが譲らない限りは、無理だろう。困ったことに二人とも相当頑固なことも俺は知っている。やれやれ。


 俺はまずステラに話を聞くことにした。
 いつものアウルにからかわれたり、いじめられたりしても、気にせずに懐いている彼女が、今は完全に無視を決め込んでいる。
 そのことからも、この喧嘩の原因はアウルにあると俺は踏んだ。温厚(?)なステラを怒らせるようなことを奴がしたか、言ったかしたのだろう。


 ステラと二人きりになる機会が、ほとんどないことに気付いて、今更ながら俺は驚いた。それだけ三人でいることが多いのだろう。確かに、俺たちは一日中一緒にいる。
 それでも、アウルがいなくなったのを見計らって、俺はステラに声を掛けた。ステラは床にちょこんと座り、ネオから貰ったという小さな水槽を眺めていた。

「どうしたんだよ」
「?」
「アウルにまた何かされたか?」
「…………」
 俺は腰を下ろし、応えないステラと目線を同じにした。
「黙ってたら、分からないだろ?」
「……近づくなって言われたの」
「はぁ? アウルにか?」
「うん、なんでって訊いても教えてくれない」
 ステラは顔を埋めて、小さく言った。
「アウル、ステラのこと……キライになちゃったのかな……」
 沈むステラを見ているのが堪られなくなって、そんな訳ないだろ、とその頭をくしゃくしゃと撫でてやった。それが心地よかったのか、彼女は猫のように喉を鳴らした。
「待ってろ。俺がなんとかしてやるから」
 俺の根拠のない無責任な慰めにも、ステラは「ありがとう」と小さく笑って応えてくれた。その笑顔をまた見るために尽力することを心に誓って、俺は部屋を後にした。


 廊下に出てふぅっと溜息をつく。俺の予想は大きく外れていた。
 ステラはアウルの言うことを素直に訊いていただけのだ。従順にも程があるが、彼女らしいとも言えなくはない。
 しかし、原因がアウルにあるのは確かなようだ。
 廊下を当てもなく歩いていると、自販機の前でドリンクを飲むアウルに遭遇した。左手を腰にあてがい、ラッパ飲みをしている。口にしている飲み物の品名を見て、まるで風呂上りだなと俺は思った。

「アウル」
「……なに?」
 俺が名を呼ぶと、不機嫌極まりないという様子でアウルは返事をした。
 その反応に小言の一つでも言ってやりたかったが、ステラの顔を思い出し、早速本題に入ることにした。
「お前、ステラに近づくなって言ったんだってな?」
「…………」
「理由を言え」
「…………」
「ステラはだた素直に従ってるだけだ。訳も分かってない。それにな、お前たちがぎくしゃくしてると、俺まで――!」
「…………背」
「あ?」
「あいつ、また伸びたんだよ、背が」
「はぁ?」
 俺が声を上げると、アウルは眉を吊り上げて、こっちを睨んできた。俺は気にせず、そのまま言葉を続ける。
「背がなんだって言うんだ? まだ成長期なんだろ」
「はっ、背だけは一丁前に大人なスティングには分からないんだろうね。僕の気持ちはっ」
 そう言い捨てて、ぷいっと背を向ける。
 急に声を上げたアウルに一瞬うろたえたが、右手に握られたドリンクを見て、俺は何かを察した。なんだか急に可笑しくなる。
 笑いを噛み殺そうとしたが、上手くいかなかった。俺の声が漏れたのを、目の前のアウルは敏感に察したようだった。踵を返し、また睨まれたが、その顔は微かに紅潮している。
「なんだよ! 笑うなっ!」
「だって……お前、くくっ」
 ピンときた俺は、アウルの一連の行動が、怒っているというよりは、ただ不貞腐れてたことに気付く。本人に言ったら、鉄拳を食らいそうだが。


 大分落ち着きを取り戻した俺は、本来の目的を思い出し、アウルに忠告した。
「お前の気持ちも分かるが、ステラに当たるなよ」
「…………」
「返事は?」
「わぁったよ! 後で謝っとく」
「素直でよろしい」
 その返事に満足した俺が、アウルの頭を撫でようとしたら、左手で勢い良く払われた。
「だーかーら、ガキ扱いするなっての!」
 そう言って、飲みかけだった牛乳を一気に喉に流し込むと、アウルは逃げるように去っていった。
 小さくなる後姿を見送って、俺もようやく肩の力が抜けたような気がした。ステラの笑顔が目に浮かんで、軽く溜息をつく。
 そして、追いかけるように、ステラの待つ部屋へと足を動かした。





 初めてのスティング視点(笑) もっと苦労させたかったです(ぇ?)
 実際のアウルは知らないけど、身長とか妙に気にしてたら可愛いなぁ(笑)
 アウルは牛乳一週間飲み続ければ、身長が伸びると信じてて、ステラに当分自分には近づくなと言ったんだと思います(妄想)


 2005.5.2.up