* 共鳴する声
* スティングは更衣室で出撃の準備をしていた。 グリーンのパイロットスーツに片腕を通し、一呼吸する。だが、出撃前の高揚感は抑えられそうにない。 早くカオスに乗り込みたい。それだけが今のスティングを満たし、駆り立たせた。そして、脆弱な“敵”を叩きのめすのだ。 思わず口の片端が上がる。 スティングがもう片方の腕をスーツに通しかけたとき、背後にあるロッカーがパタンと音を立てて閉まった。 目だけをそちらに向けると、その先には一人の少女の姿があった。 今まで意識から消していた、ちっぽけな存在。 それが今のスティングの少女に対しての認識である。 少女が更衣室に入ってきたときは、数時間前までベッドの上で呻いていた奴が、なぜこんな処へ?と少し驚いたものだったが、今は違う感情が胸を支配している。 新入りのくせに、その少女はスティングのものとは向かいにある、名前の記されていないロッカーの前に立つと、中に用意されていたパイロットスーツを着込んだ。まるで以前から、そうしていたかのような慣れた手つきで。しかし、その動作は俊敏とはとても言えないものだった。 どれもこれも不愉快だった。 だから、自分の意識から消そうとした。それなのに、時折目や耳に入ってしまう少女の低速な行動が、スティングを苛立たせた。 スティングが再び少女から意識を離そうとしたとき、今度は彼女の方が行動に移した。 ゆっくりと踵を返し、一歩足を進める。すると、ちょうどスティングと横に並ぶ形となった。 「あん?」 スティングは切れ長の眉を顰め、あからさまに不機嫌な声を相手が届く大きさで漏らした。同時にきつく睨むが、少女の方は気にする素振りも見せない。 少女の瞳には、目の前のロッカーしか映っていないようだった。 右腕を手前に出し、扉にゆっくりと触れた。その手は、心なしか震えているようにスティングには見えた。 取っ手に指を置き、静かに引き出すと、ギィィとロッカーは鈍い音を立てて開く。 スティングの目も思わず、そのロッカーに移る。 中は空だった。 持ち主の名が記されていないのだから、当然のことである。 スティングには何も不思議はなかった。 先ほど、少女が使ったロッカーにも名前は記されていなかったが、それは彼女が新人だから、まだ用意されていなかった、ということで納得がいく。 だから、少女の行動だけが不可解なのである。 なぜ、持ち主のないロッカーを開けたのか。 そして、なぜ、そのような表情を浮かべるのか。 「ぁ……ぅ……」 今まで、無言を通してきた少女から、初めて声が漏れた。 その声は小さく、近くいるスティングにも正確に聴き取ることが出来ないほどだった。 だが、なんとなく、スティングは、誰かの名を呼んでいるような気がした。 自信もなければ、確信もない。ただ、直感でそう感じたのだ。 おそらく、それは少女にとってかけがえのない存在の名。 「ぁぅ……ぁぅ…」 少女は、ロッカーに向かって何度も何度も"その名“を呼んだ。いつの間にか目には涙を浮かべている。 瞬きをすると、その涙が一筋の光になり、頬を伝って零れ落ちた。 何度も、何度も。 何度も、何度も。 そして、また"名前”を呼んだ後、少女は、その場にゆっくりと崩れた。 更衣室に、少女のすすり泣く声だけが響く。 スティングには、少女の行動が始終不可解なものに見えた。 けれど、なぜか心が痛んだ。 今更になってアウル追悼小説です。 小説ではアウルの死に気付くステラが書かれていましたが、もっと早くに気付いてほしかったので、また勝手に捏造してしまいました。 でも、私の中では今でも彼らは生きていますので! こういう小説もこれっきりということで!! 2005.11.1.up |