* 溢れるkissを *


「ねぇ、ステラ、ステラ」
「……ん?」
 僕に名前を呼ばれて、彼女は顔をゆっくりとこちらに向けた。その茜色の瞳に、初めて僕が映ったようだ。


 …………むかつく。


 僕は、退屈凌ぎのためにステラの部屋に訪れた。彼女は歓迎することも、嫌がることもなく僕を自分の部屋に入れた。
 何をしてたの?と尋ねたら、「何にもしてない」と彼女は淡白に答えた。
 僕を迎えた後も、ステラは床に腰を下ろし、ぼーっとしていた。僕も同じように座り、壁を背にして、そんなステラを少し離れたとこから観賞していた。
 そんな感じで、いつものように僕は、ステラの部屋で別に何をすることもなく無駄な時間を過ごした。
 そして、冒頭に至る。


 彼女は虚ろな目を向けて、僕の次の言葉を待っているようだった。もう少し焦らしてやろうかと思ったが、こいつには通じないと思ってやめた。
「こっち来て、こっち」
 左手を前後に振って促す。彼女は腰を上げ、四つん這いになりながら、ゆっくり近づいてきた。


 ステラはマイペースで猫みたいだ、とスティングと言って笑ったことがあるが、今自分に近づいてくる彼女の姿はまさに猫だった。
 そう思ったら無意識に笑みが零れた。


 ステラが目の前に来ると、僕は自分の唇に人差し指をちょんちょんとあてて、短く言った。
「キスして」
 そして、口の両端を上げる。我ながら可愛いおねだりである。
 しかし僕のおねだりに、ステラは「なんで?」と首を傾げた。

「バカだなぁ、理由なんていらないじゃん?」
 思考がそのまま言葉になる。ステラの方はというと、まだ「そうなの?」と首を傾げたままだ。
「おーねーがーいー」
 首を振って、駄々を捏ねる子供のように、僕は言った。
「分かった」
 考えても無駄だということを理解したのか、こくりと頷き、短く了解すると、ステラは顔を僕に近付けた。
 彼女のひんやりと冷たい手のひらが、僕の顔を包む。
 そして、唇が重なった。彼女のそれは、手と同じくらい冷たかった。


 しかし、その感触を充分に味わう前に、彼女は顔を離してしまう。
 なんだよー、と文句を漏らし、僕は催促するように指をまた自身の唇にあてた。
「もう一度」
……うん」
 短く返事をし、ステラは再び顔を近づける。
 重なる唇。そして離れる唇。
「もう一度」
ん」
 重なる唇。そして離れる唇。
「もう一度」
……ぅん」
 何度もキスを重ねるうちに、ステラの頬がやや上気していることに気付く。口から漏れる息も熱を帯びていた。
「ねぇ、お願いもう一度……
 そうねだると、また唇が重なった。舌を絡め、だんだんと深くなる。


 僕の言葉にただ従う、ステラ。
 ああ、なんて愛おしい。


 前言撤回。
 ステラは猫じゃなくて、従順なワンちゃんだよ。
 なぁ、そうだろ、スティング?






 初アウステSSがこれかよ!と自分に突っ込んでみる。ま、いっか(笑)
 黒(というよりは灰色?)なんだけど、甘えん坊のアウルです。そして、ステラはワンコです。


 2005.3.3.up