* アイスキャンディー *


 無機質な部屋の中で、少女の菫色の瞳がただ一点だけを見つめている。
 その先にあるのは、水色の髪を持つ細身の少年の横顔。
 幸せそうに何かを食べている。否、正確には舐めている。
 手に握っているのは、少年の髪と同じ色を持つ一本のアイスキャンディー。
 少年のピンク色の舌が、アイスキャンディーを舐める様子を少女はただただじっと見つめていた。
 しかし、その視線の熱さに比例して、少年の眉が次第に歪んでいく。
 短気な少年の堪忍袋の緒は非常に緩い。こんなにも暑い日は特に。
 勢いよく少女の方を向き、鋭い目で睨みつけた。
 少女と少年の視線がかち合う。


「なんだよ。僕に用でもあんの?」
「え?」
 不機嫌に訊ねるも、なぜか少女の方に不思議な目で見返される。
「『え?』じゃねぇよ、ばか!」
「……ごめん」
 意思の噛み合わない少女に苛立ちを感じつつも、少年は早口に言い立てた。
「黙ってジロジロ見てんなよ。欲しいなら、そう言えばいいだろ! ま、やる気はないけど」
「……なんで?」
「お前すぐ腹壊すじゃん。めんどくさい」
「うっ」
 事実を言われたためか、少女は言い返すこともできずに肩を落とす。
 少年は気にする素振りも見せずに再びアイスキャンディーを舐め始めた。
 舌に冷たくて甘い感覚が伝わる。
「……じゃあ、傍で見ててもいい?」
 少女の唐突な問いかけに、少年は自分の耳を疑った。考えるよりも口が先に動く。
「なんでそうなるんだよ? それにさっきから見てるじゃんか」
「……でも」
 顔を伏せる少女の瞳が潤んでいるように見えた。
 またお前が泣かせたのか、と兄貴分の怒りと呆れが混ざった声が耳元に響いたような気がしたが、僕は悪くなんかない、と半ば強引に掻き消す。
 少年の思考を他所に、少女は少しずつだが言葉を続ける。
「アウルの顔、近くで見たいの」
「……あ?」
 またも予想に反したことを言われ、少年は間抜けな声を漏らす。思考が止まり、言葉とその中に込められた意味を繋ぎ合わせることができない。
「それ、いらないけど、アウルの顔は、見てたい」
「…………」
 彼女の純粋さを知っているからこそ、言葉に現れた素直な思いを受け止めたときの少年の衝撃は大きかった。
 一言ずつゆっくりと少女の声が耳に届くたびに、体温が昇していく。
「……ダメ?」
 最後の一言が少年の小さな胸に見事にクリーンヒットする。
 反撃などできる訳もなかった。
 顔が真っ赤になり、少女の顔も直視できないほど動揺している。
「かっ、勝手にすればいいじゃん」
「うんっ!」
 少年の精一杯の答えに、少女は無邪気に笑った。そして、ゆっくりと少年のもとに行き、寄り添うように座った。
 先ほどよりもずっと近くから少女の視線を感じ、少年の顔が強張る。身体中の熱が顔に集中していく。
 正直、アイスキャンディーを舐められる状況ではなかった。
「アウル……さっきみたいに、嬉しそうな顔してくれないの?」
「〜〜〜〜っ!!!!」
 少年の気持ちも知らないで、そう無邪気に訊ねる少女に向かって、


「そんな顔できる訳ないだろ!! ばかぁ!!!!」
 少年は少女の耳元でとびきり大きな声で叫んだ。





 ステラにとっては、幸せそうなアウル>アイスなのです。
 バカ、バカ言ってますが、ただ照れているだけですからアウルは(笑)
 残りのアイスはステラが貰いました、きっと(笑)

 2006.8.16.up