* はなさない *


「スーテラ!」
 少年は、その名を呼ぶのと同時に、背後から少女を両腕で包んだ。鼻の先に少女の髪が当たり、心地よい芳香が少年を包む。
「何?」
 しかし、呼ばれた少女は、少年の突然の襲撃にも物怖じせず、平然と言葉を返してきた。しかも素っ気なく。
 頬を赤らめて照れるわけでもなく、抵抗するわけでもない。
 それが平時の彼女の態度であり、至っていつも通りの反応なのだが、少年アウルの心は少し傷ついた。

 
 俯いて、吸い寄せられるように少女の金色の髪に顔を埋めた。
「どうしたの? アウル」
 応えない少年に、少女は尚も声を掛ける。
「なんでもねぇよっ」
 そう呟いて、ゆっくりと両腕を解放させた。少女が振り向くのを感じたが、すぐさま踵を返す。顔を見ることはできなかった。見せることもできなかった。
 この場から逃げ出したい、消えてしまいたいという衝動に駆られたが、足が思い通りに動かなかった。


 畜生、とアウルは心の中で呟く。
 居心地の悪い静寂が、少年と少女を包んだ。

 畜生、畜生、畜生!
 今、自分を占めている感情は、単純な怒りではない。
 羞恥でも、悲愴でも、焦燥でも、後悔でもない。

 ただ、自分はこんなにも彼女を…――


 すると、ふいに胸元を両手で包まれた。
「……っ!」
 突然のことにアウルは、目を見開き、自分を包む白く細い二本の腕を凝視した。
 抵抗しようにも声が上手く出なかった。指一本動かすことさえ出来ない。
 ただじっと、背後からまわされた少女の両腕を見つめる。


「どうしたの? アウル」
 耳に届くのは、少女の声。
「寂しいの? アウル」
 鈴のような、小さな音色。
「大丈夫だよ、アウル」
 それは、少年の心を満たす、唯一の旋律。


 少年を包んでいた様々な感情が浄化され、安らぎへと変わる。

 ああ、自分はこんなにも彼女を…――


 お前をはなさない。
 そう、いつも思ってた。
 誰にも渡すもんか。
 そう、いつも思ってた。

 でも、違うんだね。
 少しだけ分かったような気がするよ。


 お願いします。
 どうか、
 どうか、


「僕をはなさないで」


 ……どうか、僕を繋ぎとめていて





 なんとなく、ステラよりもアウルの方が寂しがりな気がします。
 しかし、最近書くアウルは白いですねぇ(笑) 真っ黒な彼も好きなんですが、書くのが難しくて。

 2005.6.17.up