* だから、好き *


 ステラはいつものように"大好き”な海を眺めていた。潮風を浴びて、蜜色の髪が柔らかに流れている。
 その横には、珍しくアウルの姿があった。目の前に広がる海原ではなく、隣に腰掛けている少女にただ視線を送り続けている。しかし、ステラの方は海に夢中で気付きもしない。

 デッキに出てから、どれくらいの時間が経ったのだろう、とアウルは思った。
 殺風景な部屋の中でただ時間を過ごすのは退屈だと、ステラを甲板に誘ったのはアウルだった。ステラもそれに素直に従った。
 しかし、甲板に上がったからといって、二人は何をするわけもない。ステラは海を眺め、それをアウルが眺める。常人には少々理解し難いが、それはステラにとってもアウルにとっても退屈な時間ではなかった。


 少女の柔らかな表情を間近にして、無意識にアウルの口が開いた。
「お前、ホントに海が好きなんだねぇ」
「うんっ」
 答えはすぐに返ってきた。別に自分の存在を忘れているわけではなさそうだと、アウルは軽く胸を撫で下ろす。
 同時に、素直に頷くステラを見て、アウルは嘆息とも冷笑ともとれる声を漏らした。
「はっ、僕にはぜーんぜん分かんねぇ。あんなの水の塊じゃん。冷たいし、濡れるし、雨と一緒で面倒だね」
 アウルの言葉に、ステラは悲しそうに小さく肩を落とす。
 何を期待してたんだ、と言いたくもなったがやめておいた。別に泣かせたいわけじゃない。


「でも」
 静寂を嫌うアウルが次の言葉を紡ごうとしたとき、珍しくステラがその口を開いた。
「海はね」
「……なに?」
 端整な眉を歪ませ、不機嫌そうに問うアウルに、ステラは物怖じすることなく、ゆっくりと言葉を続ける。
「つめたいけど、あたたかいよ」
「は?」
「ステラを包んでくれるの」
 そう言って、白くて細い両手を自身の胸に当てる。
「優しくて、あたたかい」
「ったく、分かんねぇよ」
 馬鹿らしいと、視線を海に移したアウルの耳に、少女の言葉が微かに響く。
「アウルと、同じ」
 そう言って、ステラは静かに目を細めた。アウルは、全身を駆け巡る己の血液が急激に上昇していくのを自覚する。
「……はぁ!? それどういう意味だよ、バカステラっ!」
 上昇する熱を振り払うように髪が逆立つほどの勢いで声を上げるが、ステラは柔らかな表情を崩さない。
「ふふっ」
「なんだよ、その顔! 僕は怒ってるんだぞっ!」
「ふふ、アウル、顔真っ赤」
「〜〜っっ!!」
 声にもならない声を上げて、アウルは自身の顔を両手で包み隠す。そして、羞恥ともう一つの感情を少女に悟られまいと必死になって思考を巡らせる。

 ステラはそんな少年を、穏やかな表情で見つめていた。
 その瞳は、“大好き”な海を眺めているときのものと何一つ変わらない、とても優しい色を帯びていた。





 久々のアウステです。
 アウルが好きなステラと、照れるアウルが書きたくなってこんなことに(笑)

 2005.8.6.up