* ずるい *



 ある日の昼下がり、ティトレイは宿屋の廊下を歩いていた。
 今から何をして過ごそうかと思いあぐねていたとき、ふと、一つの部屋に続く扉が少し開いていることに気づく。
 あそこは確かアニーの部屋だったはず。不思議に思ったティトレイは、無用心に開いた扉から、部屋の中を覗いてみた。
 部屋の中は、静まり返っていた。アニーの姿はすぐに目に入った。木製のテーブルの上に顔をうつ伏せていて、動く気配もない。窓から差し込む日の光だけが、彼女を優しく包んでいた。
 心配になったティトレイは、軽くノックをしてから、部屋の中に入ることにした。
「アニー、入るぞー」
 一応声を掛けてみたが、返事は返ってこなかった。ギィィ…とドアが開く音だけが部屋の中に響く。
「どーした、アニー」
 ティトレイは近づいて、ずっと顔を伏せている少女に声を掛けた。
「・・・なんでもないです」
 やっと返ってきた反応に、少し安堵する。当たり前だが、生きてはいるようだ、と。
「なんでもないようには見えねーぞー」
 アニーの顔を覗き込もうとしたが、両腕が邪魔をして見ることはできなかった。仕方なく、向かいの席に腰掛けることにした。
「何かあっても、ティトレイさんには言いたくないです」
「・・・なんだよ、それ」
 頑なに意地を張るアニーに対し、ティトレイは軽く肩をすくめた。どうやら、ご機嫌斜めらしい。さっきは安心したものの、このように機嫌が優れないのも、見ていてツライと思った。
 ティトレイは、探偵のように人差し指を鼻の頭にあててみた。そして、うーんと低く唸る。
 頭の片隅に、銀髪の青年が浮かんだときに、鼻にあてていた人差し指をピーンと顔の前で立てた。
「そっか、分かったぞ。ヴェイグのことだな?」
「・・・・・」
 返事はなかった。黙るアニーを見て、ティトレイは口の端を上げる。その沈黙こそが、肯定を意味することを彼は知っていた。
 テーブルに左肘をつき、前に身を乗り出す。
「今度は何したんだ? ほれ、ティトレイさんに言ってみなって」
「な、何もしてないですよっ!」
 そう言ってアニーは、やっと顔を上げた。目元が潤んでいるように見えるのは、気のせいだろうか。
「じゃあ、何かされたか?」
「そ、そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」
 真面目な少女には冗談も通じない。顔を真っ赤にさせるアニーを見て、そう思った。しかし、その生真面目さが微笑ましかった。
「じゃあ、なんでそんなに落ち込んでるんだよ?」
「落ち込んでなんかいません」
「そっかぁ?」
「そうです」
 眉を吊り上げて、アニーは、きっぱりと言い張った。
「お前はホントに素直じゃないなぁ」
 ティトレイは肩を落とし、溜息交じりに、言葉を続ける。
「好きならさ、もっとドーンと行けよ」
 再び、身を乗り出してみたが、アニーは顔を背けて、目を合わせようともしない。
「・・・そんなこと、ティトレイさんに言われたくないです」
「へーへー。さいですか」
 アニーに突っ込まれ、ティトレイは罰が悪そうに鼻の頭を掻いた。自分も相当頑張っているつもりなのだが、周りにはそう見えないらしい。なかなかツライものがある。


「傍にいたい、と思うんです」
 突然、アニーは口を開いた。ぽつりぽつりと、言葉を繋げる。
「それも出来ない自分がいて。そんなんじゃダメだって分かっているんですけど、勇気が出なくて」
 やっと聞くことが出来た少女の本心に、ティトレイは黙って耳を傾けた。
「ただ、力になりたいだけなんです」
 そう言って、アニーは顔を伏せてしまった。
 勇気付けたいと思った。そして、自分にはそれが出来るとティトレイは確信していた。
「ヴェイグも傍にいて欲しいんじゃねぇの?」
「そんな勝手なこと言わないでください」
 首を振って、ティトレイの言葉をも振り払おうとするアニーに、ティトレイは窘めるように言った。
「オレは、ヴェイグの気持ちが分かる。あいつは結構寂しがりさ」
「そんなの信じられない」
 きっぱりと否定されたが、ティトレイは余裕の笑みを浮かばせて、ちっちっちと、人差し指を左右に振ってみせた。
「オレとあいつは、マブダチだぜ? なんせ拳と拳で語り合った仲だからな〜」
 そう言って、鼻を高くする。そんなティトレイを見て、アニーは俯き様にぽつりと呟いた。
「・・・ずるい」
「あ?」
「ずるいです、ティトレイさん」
「え、オレが? なんで??」
 きょとんとするティトレイを見て、アニーは小さく肩を落とす。
「なんでもです!」
 すると、アニーは、突然勢いよく立ち上がり、踵を返した。
「おい、アニー、どこ行くんだ?」
 呼び止められて、立ち止まる。少女は、ゆっくりとティトレイの方に向き直ると、こう告げた。
「ヴェイグさんのところです。ティトレイさんに負けたくありませんから」
 その瞳には、先ほどまでの愁いはなかった。決意のこもった瞳だった。
「おー行ってこい!」
 走り去る小さな背中を、笑顔で見送った。こっちだって負けられないと、心の中で呟いた。





ティトレイに嫉妬(?)するアニーの話です。
ここ最近、ヴェイグとアニーが直接会話する話書いてないなぁ(笑)
最後がティトヴェイっぽいですが、あくまで「負けられない」というのは恋愛に関してです。
ティトレイとアニーは、いい意味で恋のライバルという感じで。


2005.2.8.up

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