* 傍に感じる *
「・・・アニー・・・」
名を呼ばれたような気がしてアニーは、廊下に続く扉に目をやった。誰かが訪ねて来たのかと思ったが、それ以上の反応はなかった。 アニーは、気のせいかと、首を傾げ、そのまま手元にある本に視線を戻した。
「・・・アニー・・・」
今度こそ、聞き間違いではなかった。本から手を離し、木製のドアを凝視した。しかし、その扉が開くことはなかった。 不審に思い、席を立つ。音を立てず、ゆっくりと扉に近づいて、ドアノブを握りしめた。軽く深呼吸をし、心を落ち着かせる。
(幽霊だったらどうしよう・・・)
そんな不安が脳裏を過ぎった。普段からマオにからかわれる程、怖がりなアニーである。ドアノブを握る手が僅かに震えた。 意を決して扉を開けたが、廊下には誰もいなかった。安堵と恐怖が複雑に絡み合う。 静かに扉を閉めて、それに寄りかかるようにして、今度は自分の部屋を見渡した。 まずは、窓の外を見る。就寝の早い仲間なら、既に夢の中にいるような時間である。外は当然のように暗かった。それに、ここは二階であるのだから、人が侵入するということも考えられない。むしろ、考えたくはなかった。 備えられた寝台やテーブルの下も見るが、そこに誰かがいるとも思えない。 しかし、自分の名を呼ぶ声は確実にこの部屋の中に届いた。
「だ、誰かいるですか?」 アニーは震える声を精一杯に絞り出した。
「・・・アニー?」
また小さな声が部屋に響いた。それは確かに自分の声に反応しているようだった。
「どこにいるんですか?」
トン、トン・・・
返事は声でなかった。ノックをするような音が二度微かに聴こえた。
「・・・ここだ、アニー・・・」
トン、トン・・・
一歩一歩ゆっくりとベッドに近づく。音は確かに、そちらの方向から聴こえた。
よく見ると、壁に小さな穴が空いていた。寝台に膝をつき、ゆっくりと穴に近づく。それは、ちょうどアニーの目の高さの辺りにあった。小指の爪ほどの大きさもない小さな空洞である。 怖る怖る壁に顔を近づけた。その穴の奥には、碧い瞳が覗いていた。
「ヴェイグ、さん・・・ですか?」 「ああ」 返事は呆気ないほど簡単に返ってきた。それは、確かにヴェイグの声だった。全身を覆っていた恐怖が、安堵に変わる。
「もう、ビックリしたじゃないですか!」 「すまん、驚かせるつもりはなかったんだ」 素直に謝られ、アニーは怒る気も起こらなかった。それよりも、目の前の空洞の方が気になる。 「でも、どうしたんですか、この穴」 「いや、分からない。俺もさっきコレに気がついて」 アニーは、目の前に空いた小さな空洞を指でなぞった。 「前に泊まったお客さんが空けてしまったのかもしれませんね」 「ああ」 「その人もこうやって、お話していたんでしょうか」 「ああ、そうかもな」 アニーが小さく笑うと、壁の向こうのヴェイグも瞳を細めて笑った。
いつの間にか、お互いに壁に寄りかかり、他愛無い会話を続けていた。時々、アニーの笑い声が響く。 「宿屋の壁というものは意外と薄いんだな。アニーと、こんなに近い」 小さな穴からヴェイグの声が伝わる。 背中からは、壁を挟んだ向こう側にいるヴェイグの体温を感じるような気がした。おそらく彼もそう感じたのであろう。胸が熱くなった。 「そうですね」 アニーは瞳を閉じて、満たされた気持ちでそう答えた。
もっと早めにヴェイグを出したかったのですが、前置きが長くなってしまったー。 コレ、本当に背中合わせネタなのか…?(汗) 壁を挟んで隣合わせくらいの関係が、私的ヴェイアニですv(なんだそりゃ)
2005.2.15.up
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