*フレグランス *



 ヴェイグが一人でヒルダの部屋にやって来ることは、実に珍しいことであった。
 訪問の理由を尋ねると、彼は先日急時に借りたアイテムの返却のためだと淡々と答えた。それは、魔力を上げる効果のある希少なアイテムであった。一時的に借りたものの、自分が持ち続けるよりも早くヒルダの手に戻した方が効率も良いと判断したのだとヴェイグは言った。それを聞いて、なんて義理堅い男だと、ヒルダは感心した。


 用も済み、退室しようとしたそのとき、ヴェイグが独り言のように突然呟いた。
「アニーのにおいがする」
 一瞬、ヒルダは彼の言葉の意味を理解できなかった。今日アニーはこの部屋に来ていないのだから、残り香があるということも有り得ない話なのである。しかし、サイドテーブルにある小さなビンを目にとめたとき、その疑問の答えが見えた。
「・・・ああ、これのせいね」
「?」
 そう言って容易に手に収まるほどの小さなビンを取り上げてみせたが、ヴェイグはやや眉を顰めただけだった。男のヴェイグには、縁のない代物なのだから、そう反応するのは仕方がないことだ。ヒルダは小瓶を手首でゆっくり揺らしながら静かに言った。
「香水よ、香水。私があの子にあげたの。気に入ってくれたみたいで、いつも付けてくれているわ」
 それは紹介した自分にとっても嬉しいことだった。自然に口元が緩む。ビンの蓋を開け、ヴェイグの顔に近づけてやった。淡い柑橘類の香りが彼を包む。
「ああ、この香りだ」
 そう言って、どこか懐かしそうに瞳を閉じるヴェイグに、ヒルダは今までに感じたことのない印象を抱いた。


「あんた、最近、いい顔するようになったわね」
「?」
 ヒルダの突然の言葉を受けて、ヴェイグは顔をこちらに向けた。2人の視線が重なる。
「最初会ったときは、表情も固くて、でも何か焦っている感じで、正直近寄り難い印象しか持たなかったけど・・・」
「・・・・・・」
 黙るヴェイグに、ヒルダは尚も挑戦的に言葉を続けた。
「今は違うわ。丸くなったというか・・・あの子のお陰かしらね」
 ヒルダの言葉をヴェイグは、ただ呆然とした様子で聞いていた。
 少しの静寂のあと、ヒルダの口元が再び緩みそうになったとき、今度はヴェイグの方が突然口を開いた。
「・・・あんたもな」
「は?」
 その予想もしなかった不意の切り返しに、ヒルダは眉を大きく顰めた。
「最初会ったときは、表情も固くて、でも何か焦っている感じで、正直近寄り難い印象しか持たなかった」
 先ほどの自分の台詞をそっくり返されて、今度はヒルダが言葉を失う。しかし、ヴェイグはさらに言葉を続けた。
「だが、最近は違う。あいつのお陰かもな」
 そうきっぱりと言われて、ヒルダは何も言い返せなかった。2人の視線も長い間外れることはなかった。お互いに視線を外したら負けになる、決して外すものかという子供じみた意地を張っていたのかもしれない。無言のままの長いときが流れた。


「お返しだ」
 すると突然、ヴェイグは口の端を上げて、そう告げた。そしてゆっくりと踵を返すと、そのまま部屋をあとにした。
 部屋に一人残されたヒルダは、普段無口な青年の小さな仕返しに対して、何か心地よい憤りを感じる自分に気づき、静かに自嘲の笑みを漏らした。
 部屋には柑橘系の香りだけが、残っていた。




また微妙なヴェイアニ、ティトヒルです(汗)
一度やりたかった香水ネタ。でも、あんまり絡ませることが出来なかったー(> <)
ヴェイグとヒルダは似た者同士(とスクチャにもなってたし)ということで、一度話し合わせたかったのですが、やっとその欲望が叶いました(笑)
今度はティトレイとアニーの会話とかにも挑戦してみたいです。なにげにティトレイの出現率が低いので(笑)


2005.1.28.up


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