* maternal love *
ルーファスは、一人ヴィルノアの酒場にいた。
酒や場の空気を楽しむ訳でもなく、黙って席に座っていた。
頭の中で、様々な思いや出来事が交差している。
妖精の森での決心、そして別離。
ユグドラシルでのオーディンとの対峙。肉体が失われ、アリーシャの力で再会を迎えたときのこと。
そして、疲労した魂に与えられた束の間の休息。
ルーファスはそれらを上手く整理することも出来ずに、ただ時間だけを持て余していた。
「やっほー、ルーファス!」
突然、酒場にそぐわないほど陽気な声が背後から響いた。どきりとして振り返ると、そこには一人の少女の姿があった。
「なんだ、フィレスか」
「何よ〜、私でがっかり?」
フィレスはルーファスの顔を覗き込むと、首を傾げて訊ねた。
「・・・どういう意味だよ」
誤魔化すように顔を背けるが、既にその頬は赤く染まっっているのをフィレスは見逃さなかった。
この精神的に大分幼さの残る青年をからかうのは、実に楽しい。
しかし、これ以上いじめても自分が悪者になってしまうだけなので、残念だが今回はここまでにしよう。
「ここ、座っていい?」
ルーファスの向かいの席を指して訊ねたが、返事を待つ前に座ってしまう。
「子どもが来るような場所じゃないぞ」
「失礼ね、お姉さんに向かって」
何を言われても動じないのがフィレスである。むしろ、上手く跳ね返す術を心得ていた。
外見は17歳の少女だが、中身は立派な女性なのだ。しかも、生まれた年もルーファスよりも遥かに早い。
目の前に座る少女には嫌味一つも通じないと分かると、ルーファスは拗ねるように視線を外に向けた。
そんな青年を見て、フィレスはくすりと笑う。
肩の上で揃えられた金色の髪が、微かに揺れた。
「“君を守って死にたい”だっけ?」
「・・・は?」
今までの状況からは到底予想のできない少女の発言に、ルーファスは間抜けな声でしか応えることができなかった。
しかも、それはつい最近耳にした台詞。というより、自分自身が告げた言葉だ。
頬がみるみる紅潮していくのが自分でも分かった。全身の体温も急上昇する。
目の前の少女は、口の端を上げて微笑んでいるだけだった。しかし、それが返って威圧的に感じる。
「お前、なんでっ!?」
「だって聴いてたもん」
声を上げて訊ねるも、少女にあっさりと返される。
「私たちはいつもあの子の傍にいるのよ? 聴こえて当然じゃない」
平然と応えるフィレスを前に、ルーファスはテーブルの上に力なく崩れるしかなかった。
耐え難い羞恥心が自分を包む。
「久々に格好良かったわよ、あんた」
そう言ってフィレスはからからと笑った。
「・・・うるせぇ」
力なく言うルーファスだが、その声はフィレスの耳にまで届かない。
顔を伏せてしまったため表情は見てとれないが、耳まで赤くしていることだけは容易に理解できる。
ひとしきり笑った後、ふぅっと息をつくと、フィレスは青年にだけ聴こえる声で静かに呟いた。
「ありがとうね」
その言葉にルーファスは一瞬身体を強張らせたが、ゆっくりと上体を起こし、視線を少女に合わせた。その表情には困惑の色が見える。
少女は微笑むと、もう一度口を開いた。
「あの子を守るって言ってくれたこと、あの子を想ってくれていること、本当に本当に嬉しくって」
そう告げるフィレスの表情は柔らかかった。ルーファスは、一瞬そこに母の慈愛を見たような気がした。
「何代後かは知らないけど、あの子は私の娘のようなものだからね」
照れ隠しのように付け加え、フィレスは笑った。
肩の上で揃えられた髪が微かに揺れる。その髪は、あの少女と同じ色で輝いていた。
「・・・あんたにそんなこと言われるとはな」
ルーファスの言葉に、フィレスは大袈裟に頬を膨らませる。
「何よ、天下のフィレス様が感謝の意を示してるってのに」
「それ聞くと、さらに有り難味がなくなる」
「黙らっしゃい」
そう言って、お互いに笑った。
「ルーファス!」
不意に少女の声が耳に届いた。
ルーファスとフィレスが入り口に目を向けると、そこにはおろおろと酒場の空気に戸惑うアリーシャの姿があった。
二人の存在を確認すると安心したような表情を見せ、小走りにやって来た。
「やっほ〜、アリーシャ☆ ごめんねぇ、ルーファス借りてた」
「えっ、いえ」
「おい、俺を物扱いすんな。・・・ところで、どうした? 俺たちに用か?」
フィレスの言葉に戸惑うアリーシャに援護射撃をするように、ルーファスは訊ねた。
「あ、あの」
顔を伏せ、はにかむアリーシャを見て、フィレスが気を利かせる。
「俺たち、じゃなくて、あんたに用だってよ。ルーファス?」
フィレスの言葉に、今度はルーファスが戸惑った。この女性には誰も敵わないだろう、と改めて思う。
「あ、ごめん。それで、どうした?」
まだ顔を伏せているアリーシャに優しく問いかける。そのやりとりをフィレスも目を細めて見守る。
「・・・あの、ね。一緒に買出しに行ってもらいたくて」
ゆっくりと顔を上げた少女の頬は赤く染まっていた。
ルーファスは自分の体温が再び上昇していくのを自覚した。
「あら、ちょうどいいじゃない。行ってらっしゃいな」
顔を赤らめる二人の背中をぽんっと叩き、フィリスが促した。
「ルーファス、あんたは熱を冷ましてらっしゃい」
余計な一言を言われ、入り口に向かおうとしたルーファスがむっとフィレスを睨んだ。
フィレスの方はいたずらっぽく、舌を出してそれに返す。何をされても動じず、上手く跳ね返すのが彼女なのである。
いってきますと告げて、街の中に溶けていった少女と青年の背中をフィレスはいつまでも見送っていた。
はい、フィレス様が頑張ってしまいました(笑)
彼女はアリーシャとも縁の深い方なので話がすぐ浮かびました。
性格は捏造気味ですみません(>_<) あくまで私のイメージです。
エインフェリアが戦闘中しか登場しないのは面白くないってことで、これからも出していきたいです!(おい)
ともかく、今後も誰かの介入がないと進展しないルーアリを書いちゃいそうですがすみません〜(先に謝っておきます笑)
2006.7.12.up