* いつまでも *
ルーファスは、雑踏するヴィルノアの街中を歩いていた。
見上げる日は高く、耳には常に商人たちの客寄せの声が響いてくる。
目的地は特に決まっていなかったが、少しでも静かな場所へと足は動いていた。
ふと、前方の人ごみの中に見知った者の姿を見つけて、ルーファスは歩みを止めた。
目に映ったのは、少女の小さな後姿だった。
陽の光を浴びて、足が進むたびに金色に揺れる長い髪。
線の細い華奢な体躯。
そして、この街には、否、冒険者としても不釣合いに感じられるほどの高貴な服装。
見間違えるはずもない。
目の前を歩いているのは、つい最近旅の仲間となった少女アリーシャであった。
周囲を見たが、彼女の傍を歩く仲間の姿は見られなかった。
ルーファスは、端整な眉を僅かに顰める。
まだ出会って間もないが、ルーファスは少女の性格をそれなりに理解しているつもりだった。
彼女は慣れぬ街を一人で出歩くことは決してしない。
それは、少女のもともとの性格から来るものなのか、内在する女神の警戒心から来るものなのかは分からなかったが、どんな時でも頼りとする仲間と共に行動をしていた。
それなのに、今は目の前を一人、悠然とした足取りで歩いている。
ルーファスは胸にある小さな違和感を好奇心に替え、少女の背中を追いかけた。
街の外れに差し掛かったとき、アリーシャは突然歩みを止めた。
「何か用?」
振り返ることなく訊ねられる。その問いが誰に向けられたものかは、ルーファス自身が一番よく分かった。
「悪ぃ。後付けるとか、そういうつもりじゃなかったんだ」
そう言って、ばつの悪そうに鼻の頭を掻き、物陰からアリーシャの前に出た。
鋭く自分を見る少女の瞳を目の前にし、ルーファスは先ほどまで感じていた違和感の理由を知る。
「・・・シルメリア、だったのか」
ルーファスの言葉に、少女は明らかに眉を顰めた。
「私で、文句があって?」
「いや・・・」
不機嫌な女神を前にして、ルーファスは言葉に詰まった。
実のところ、今までに“彼女”に口で勝てたことは一度もない。
言い返すことは不可能なので、正直に思ったことを口にする。
「街ん中でアンタが出ているなんて珍しいと思ってな。・・・ところで、アリーシャは?」
「寝ているわ。大分疲れが溜まっているみたい」
そう言う“彼女”の表情は、少なからず曇っているように見えた。
これまで歩んできた険しい道程がルーファスの脳裏を過ぎる。
セルドベルグ山岳遺跡や蒼枯の森では、ほとんど休むことなく歩みを進めていた。
自分やアリューゼたちとは違い長旅に慣れないアリーシャにとっては、体力的にも精神的にも相当きついものがあっただろう。
それでも彼女は自分と目が合うと、小さく微笑みかけてきた。
そのたびにルーファスの胸は少し痛んだ。
「アンタは大丈夫なのか?」
「どういうことかしら?」
急に自分のことを問われ、“彼女”の表情は再び固くなる。
「いや、最近あんま“外”に出てこなかったからな」
アリューゼたちと行動をするようになってからだろうか、いつ頃からかは定かではないが、シルメリアが自分たちの前に出ることが以前より少なくなっているような気がしていた。
「仲間が増えてきて賑やかにはなってきたが、やっぱりアンタがいないとアイツは寂しそうだぜ」
その言葉に、“彼女”は鋭い眼光を足元に向けた。俯いた瞬間、その瞳が微かに和らいだように見え、ルーファスは少なからず戸惑う。
そうして、“彼女”は小さく呟いた。
「大丈夫よ。・・・あの子は、私が守るわ」
顔を伏せているため、表情は見てとれないが、その声からは揺るぎ無い決意が感じられる。
ルーファスは軽く息をつき、俯く少女の耳元で囁いた。
「そういうのは、アリーシャの前で言ってやれよ」
「・・・・・」
「アイツ、きっと喜ぶぜ。・・・でも」
顔を上げ、燦々に輝く陽の光に目を細めながら続ける。
「俺も同じだ。アイツの無理に作った笑顔は、見たくない」
アリーシャの本当の笑顔が見たいと思った。
それは、旅の中で生まれたひとつの願いだったのかもしれない。
自分には叶えられるか分からないけれど、その手助けくらいはできると思った。
そう、少女の隣にシルメリアがいれば・・・
「ま、お互い、傍にいてやろうな」
自分の言葉に照れながらも、ルーファスは左手を少女の肩に置いた。
「きゃっ!」
「え!? うわ!」
突然上がった少女の悲鳴にルーファスも驚きの声を上げる。
力なく崩れる少女を慌てて片腕で抱きかかえた。
顔を覗き込むと、少女は赤く紅潮した頬を両手で隠す。
その瞳に先程までの鋭さは宿っていなかった。
「もしかして、アリーシャ!?」
「ご、ごめんなさい!」
アリーシャは急いでルーファスから離れると、深々と頭を下げた。
「い、いや、ただ驚いただけだから。でも、いつから・・・」
ルーファスも両手を振って答えるが、まだ頭の中は混乱していた。
「分からないんです。私、宿屋で休んでいたはずなのに・・・」
アリーシャの方も現在の状況が飲み込めないらしく、未だに頭を下げたままだ。
ルーファスは、深く溜息をついた。
どうやら、女神には逃げられてしまったらしい。
しかも、あんなタイミングでアリーシャと意識を交換するとは、故意としか考えられないだろう。
例え照れ隠しだったとしても、置いていかれたこちらとしては恥ずかしくて仕方がない。
自分の言葉は全てアリーシャに届いてしまったのだ。
後であの女神には、文句の一つでもぶつけてやろうか。
・・・まぁ、自分が“彼女”に口で勝てる訳がないのだが。
ルーファスは、アリーシャに近付くと再びその肩に左手を乗せた。
「ま、さっき言ったのは嘘じゃないからさ。これからも宜しく頼むぜ」
ルーファスが言うと、今まで顔を伏せていたアリーシャがゆっくりと顔を上げた。
未だに頬は赤く染まり、瞳もやや潤んでいるが、しっかりと自分を見据えている。
そして、少女はゆっくりと頷いた後、「はい」と小さく答えた。その顔には笑顔を浮かべて。
ルーファスも満足そうに頷き、口の端を上げて笑った。
その笑顔を守りたい。いつまでも――
今回もヴィルノアの話です。
別に好きな訳ではないのですが、雑踏する街のイメージに一番合っていたもので(前回は酒場があったから笑)
シルメリアは、アリーシャの覚醒に気付いて逃げました。確信犯です(笑)
2006.7.25.up