* 君のとなり *



 ノルゼンの宿屋の玄関口で、アニーはヴェイグを待っていた。
 今から2人は買出しに出掛けるのである。アニーは、自分の胸の高鳴りを必死に抑えていた。
 時間に正確なヴェイグが待ち合わせに遅れるなど、滅多にない。アニーは少し不安になったが、それもすぐに消えた。
「アニー」
 名を呼ばれて、振り仰ぐと、階段を足早に降りるヴェイグが目に入った。
「すまん、遅くなった」
 アニーのもとに来るとヴェイグは短く謝罪した。アニーは「大丈夫です」と答えて、笑顔を向けた。遅刻の理由も特に気にならなかった。


 外に出ると、一面の雪景色が目の前に拡がっていた。
 寒さも忘れるほどの美しい景色に、アニーの心も弾む。それをいつも以上に感じるのは、隣にヴェイグがいるからかもしれない。
 道具屋に向かって並んで歩いていると、突然ヴェイグがアニーに問いかけた。
「なぁ、アニー。雪が溶けたら何になるんだ?」
「え?」
 アニーは急な質問に、一瞬戸惑う。
 隣に並ぶ青年を見上げると、彼は自身の右手を胸の前まで上げた。ヴェイグの手のひらに雪が落ちて、そして儚くも消える。それを見届けたあと、ヴェイグはアニーに顔を向けた。
「さっき・・・部屋を出る前に、マオに聞かれたんだ」
「マオに?」
 そう聞き返すと、彼はこくりと頷いた。
「水と答えたら、それは違うと言われた。アニーは分かるか?」
「そうですね・・・」
 片手を顎にあて、アニーは小さく唸った。


 こんな問いかけを、昔誰かにされたことがあったような気がする。
 そのとき、自分もヴェイグのように水と答えて、「それは違うよ、アニー」と頭を優しく撫でられた。
 大きな手に。

 あれは、多分、お父さんの手――


「春、かもしれません」


 独り言のようにそう呟くと、ヴェイグは首を傾げた。
「・・・春?」
「ええ、雪が溶けたら、春になるって。そう、小さいときに父に教わったことがあります」
「アニーの親父さんに?」
「はい」
 頷いて、照れ隠しのために「子供騙しですよね」と付け加える。しかし、ヴェイグはそれに首を振った。
「いい親父さんだな」
 そう言って、ただ目を細める。アニーは胸が熱くなった。
 隣に並ぶ彼は、父のように優しい瞳をしている。そう、前から感じていた。
 だから、自分は――


「帰ったら、マオに言わなきゃな」
 ヴェイグの声に、アニーは我に返った。“答え”を得た彼は、まるで少年のように無邪気に言った。
「はいっ」
 アニーもそれに同意する。


 目の前には、雪景色が一面に拡がっている。
 寒さも忘れるほどの美しい景色に、アニーの心も弾む。それをいつも以上に感じるのは、隣にヴェイグがいるからかもしれない。




 久々のヴェイアニです。
 この「雪が溶けたら・・・」は、自分の中でブームになっているらしく、色々なバージョンでSS書いてたりします(笑)


 2005.3.4.up

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