*覇者と猫の攻防* 「ふむ、やつの好みは和食か…」 本人以外触れることさえ許されないメモ帳を片手に、その日もニアはネタ集めに奔走していた。 炎天下の中、健気に練習に励んでいる可愛い友人とそして何よりも自分の好奇心のために。 「おい、そこの女待て」 日が傾き始めた頃、一人菩提樹寮に戻ってくると、ラウンジで突然誰かに呼び止められた。 振り向いた先に見えたのは神南高校3年の東金千秋、その人だった。 入寮当日に彼自身が誂えてきた豪華なソファに腰を下ろし、ティーカップを片手に第一声と全く同じ不遜な態度でニアを見据えている。 しかし、対するニアも動じない。腕を組み、挑発的な視線で東金を見下ろしてみせた。 「なんだ東金、私に何か用か?」 「お前、ソロファイナル前から俺たちについて色々と聞き出してたらしいじゃねぇか」 ニアの手に持つメモ帳に視線を移し、言葉を続ける。 「しかも、その情報の信憑性は高いと聞く。星奏の報道部所属らしいが、結構腕はいいみたいだな」 「何が言いたい、個人情報漏洩云々で私を訴えるつもりか?」 猫のようなしなやかな動きで首を傾げるニアに、東金は鋭い視線を向けた。 「いや、お前がうちの弱点でも流したんじゃねぇかと思ってな。一言文句が言いたくなった」 そんな東金の言葉に、ニアは僅かに口端を上げる。 「ふん、面白いことを言う。星奏が勝利したのは、1stヴァイオリンの実力が伴っていたからこそ。それはお前自身が一番分かっていることだろう?」 「ふっ、言うじゃねぇか。その通り、今のはほんの冗談だ」 そう言って肩を竦めた東金はティーカップに口をつける。態度こそ尊大ではあるが、その動きには優雅さも感じられて。 試された。ニアは直感的にそう思ったが、その不快感を顔には出さなかった。 それに、どうやら自分の返答は東金にとっては好感触だったらしい。 「……で、本題は何だ? お前が冗談を言うためだけに私に声を掛けるはずもあるまい」 腕を組み直し、ニアが改めて東金を見据えると、東金はくつくつと喉を鳴らした。 「本当に鋭い奴だな。あいつにも見習ってもらいたいぜ」 「……あいつ?」 「小日向だよ。あの鈍感女、今日もとろとろしていたから街中で人にぶつかってやがった」 言葉は悪いが、彼女の話をする東金の表情はどこか楽しそうで。 「だが、音楽の才はホンモノだ。俺はあいつが欲しい」 「ふふっ、数日前とは打って変わってのぞっこんぷりだな」 「ふん、なんとでも言え。だが、ここまで言えば分かるだろう? 俺はあいつの情報を得たい。あいつがどう育ってきたのか、どんな曲を好むのか、好物は何なのか。あいつのことをもっと知りたい」 「なるほど、それで私に白羽の矢が立ったのか」 「ああ、俺自身も努力はしてるがな。なにせ時間がない」 そう言って、東金が一瞬見せた悔しそうな表情をニアは見逃さなかった。 夏が終わるまでに口説き落とす。彼女に言ってみせたその言葉はどうやら相当本気のものだったらしい。 「あいつを手に入れるためならどんな手段だって使うつもりだ。どうだ、俺に情報を売らないか? 言い値で取引してやってもいいぜ」 東金が出した提案に、ニアの脳裏に大量の札束と缶詰生活からの脱却という魅力的な光景が浮かんだ。 けれど。 「彼女は私の友人だ。友人を金で売ることはできない」 そう言って見せたときの東金の表情を目に焼き付け、ニアはにやりと口角を上げた。普段傲慢な人間の表情を自らの手で崩すということは、なんでこんなに愉快なんだろうと胸を躍らせる。 自分を試したことへの仕返しのつもりだったが、効果は絶大だったらしい。可能ならばデジカメで撮ってやりたかったが、そこまでするのは少しだけ気が引けたのですんでのところで抑えた。 そして、東金が座るソファに近づきながら、言葉を続ける。 「……が、お前が彼女を落とすことができるのか非常に興味がある。だから協力はしようじゃないか」 テーブルの上でティーセットとともに並べられたクッキーを一枚手に取ったニアは、それを一口かじり「報酬はこれでいい」と東金に告げた。 「ちっ、食えない奴だな」 「ふふ、褒め言葉として受け取っておこう」 非難めかして言うものの、東金の表情には安堵の色が見えて。 挑戦的な視線が交差するラウンジで、その日一つの契約が交わされたのだった。 必死になってかなでの情報を知りたがる東金を書くつもりが、なんか腹の探り合いみたいになってしまいました(笑) しかもニアの性格が最強に…(笑) 次は、デレデレな東金にも挑戦してみたいです。 2010.3.2.up |