*恋の歌をもう一度* 『天宮さん、凄くいいものを見つけましたよ!お見せしたいので、明日会うことはできませんか?』 彼女からそんなメールを貰って、二つ返事で会う約束をしたのは昨日のこと。 彼女が言う“凄くいいもの”について、少しだけ興味を抱いたが、どうせ次の日には分かることだと思い、深くは追及しなかった。 そして約束の今日、待ち合わせよりも早く来てしまった僕は練習スタジオの一室で彼女がやって来るのを待っていた。 「おはようございます!」 「ああ、おはよう」 数分後、息を切らせながら部屋に入って来た彼女に僕は笑顔で挨拶を返す。 「君からの誘いなんて珍しいね」 彼女に音楽を教えるという約束をしているものの、学内のメンバーとの練習を優先させていた彼女は、僕が呼び出さない限りはほとんどスタジオに顔を出すこともなかった。 だからだろうか。彼女からの初めての誘いに、少しだけ胸が高鳴り、今日だって待ち合わせの時間よりも早く来てしまったのは。 これが「恋」と言う、僕が求めていた感情なのだろうか。 僕の言葉に照れたように顔を染めた彼女だったけれど、何かを思い出したように手にしていたバッグの中を探り出し、目当てのものを見つけてその表情を輝かせた。そして、その輝きを今度は僕に向ける。 「これを一緒に弾きませんか?」 笑顔と共に差し出されたのは、数枚に束ねられたとある楽譜だった。特に珍しくもないその曲目を見て、僕は首を傾げるしかなかった。彼女の意図が見えない。 「これが君の言っていた、いいもの?」 「はいっ、昨日部室を整理していたら見つけたんです」 僕の問いに、彼女は笑顔で頷く。 地方大会の説明会に遅刻をした彼女は、その罰として部室内の楽器の手入れを言われ、そこで偶然この楽譜を見つけたらしい。 彼女が先輩たちに訊ねたところ、これは数年前からアンサンブル練習のときに使用されているものらしいのだが、今年の大会には使わないことを聞かされた彼女は、先輩たちに頼み込んで今日だけ持ち出す許可を得たという。 「これを弾いたら、天宮さんが探しているものが見つかるかなって思って」 にこにこと笑いながらそんなことを言う彼女を見て、なんだかおかしくなって喉から声が漏れた。 「君は面白いことを考えるんだね」 「え?」 「僕自身の変化がなければ、何を演奏しても一緒のことだと思うけれど」 今までも何度か「恋」に近づく実験はしてきたし、僅かながらも成果は見られ始めている。 けれど、「恋」に関連する曲目を演奏しただけでは、僕の求めた音楽は完成しないのだ。 そんなことは分かっている。でも。 先ほどとは打って変わって、しょんぼりと項垂れてしまった彼女を見て、なんとなく試してみてもいいかなと思った。 彼女の落ち込む顔が晴れるのであれば、たとえこの実験が成功しなくても、僕にデメリットはない。 何よりも彼女が僕のことを考えて、この曲目を持ち出してくれたという事実が、僕の心を動かしたのだから。 「いいよ、弾いてみよう」 沈んでしまった彼女の肩に、そっと手を添える。 結局、僕の予想通りの結果になったものの、その日の出来事は僕が「恋」に近づく手がかりになった気がした。 ──それから、一ヵ月後。 僕はまた練習スタジオで、彼女を待っていた。 呼び出したのは僕、会いたいという理由の外に彼女とどうしても弾きたい曲があったから。 「待ってたよ、かなでさん」 息を切らせながら部屋に入ってきた彼女を見て、自然と優しい声が出る。 重なるのは、一ヶ月前の君の姿。思い出されるのは、あのときのこと。 あのときと同じ部屋に、君と僕がいて。けれど、一ヶ月前の僕たちとは決定的に違っている。 それを確かめるために、あの曲をもう一度君と奏でたい。 君を想い、僕は鍵盤をたたく。 「恋とはどんなものかしら」 その答えを今の僕ならきっと示すことができるから。 コルダ2にあったな〜ということで。曲目が印象的ですよね。 歌詞も調べてみましたが、天宮の心情と一致するような気もしたり。 天宮の「かなでさん」呼びは、スペシャルを参考にしてます。 2010.3.1.up |