*強敵はすぐ傍に* シャワーを浴び終え、バスルームから出ると、ソファに座る妹の姿が目に入った。その手には携帯電話を持ち、懸命にボタン操作をしている。 枝織は幼少の頃から身体があまり強くない。最近は自由に出歩けるようにまでなったものの、自分が傍にいないときにもしものことがあった場合にすぐ呼び出せるようにと冥加は彼女に携帯電話を持たせていた。 外出時には持ち歩いてはいるが、本人にそれほど愛着がないのか家の中ではほとんど触ることのなかったそれを夢中でいじる枝織の姿に、冥加は違和感を覚えた。 兄から視線を感じた枝織が、顔を上げ無垢な笑みを向ける。 「どうかしました?」 「いや、珍しいものを見たと思ってな」 妹の持つ携帯電話を顎で差すと、枝織は頬を少し赤らめて答えた。 「普段触ることがなかったので、メールを打つのに苦戦してしまって」 「それならば、直接電話をすればいいだろう。まだ時間も遅くはない」 「で、でも、お部屋の壁があまり厚くないと聞きました。お隣の方にもご迷惑をお掛けできませんし…」 隣の部屋まで声が響くかもしれないと危惧されるほど、壁が薄いのか、はたまた相手の声が大きいのかは、この際深く追及しないとして、冥加の中に当然の疑問が生まれる。 「お前、誰とメールをしている?」 「誰だと思います?」 「俺が分かるわけがないだろう」 冥加が少し苛立っていることを知りつつも、枝織は微笑みを崩さない。最近少しだけ丸くなった、というよりも以前の優しさを取り戻し始めた兄の変化が嬉しくて堪らないのだ。 「いじわるをしてごめんなさい、兄様」 不機嫌な顔を隠さない冥加を見て、くすくすと笑いながら枝織は言葉を続けた。 「メールのお相手は、小日向さんです」 「な、小日向…だと?」 冥加の動揺を余所に、枝織は「はい」と頷く。 「お前、いつの間にあいつの連絡先を?」 「だって、お友達ですもの」 「…………」 項垂れるように冥加は枝織の隣に腰を下ろした。シャワーで流したはずの疲れが再び蘇ったような錯覚さえ覚える。 「ふふ、兄様は小日向さんのアドレスをご存知ですか?」 「……いや」 額に手を添えながら首を振って答えると、妹はどこか勝ち誇った表情を向けていて。 「……なんだ、その顔は」 「いいえ、何でもありません」 羨ましいでしょう?なんて言ったら、素直ではない兄はきっと全力で否定してみせるに違いない。そんなことを考えながら、枝織はもう一つ小さな爆弾を落とした。 「明日、小日向さんとお出掛けするんです。公園でお弁当をいただく約束をしていて」 「な、弁当…!?」 枝織が懸命に携帯電話をいじっていた理由はここにあったのだが、この時の冥加には冷静に分析する余裕さえなかった。 それよりも驚くべきことが起こりすぎている。 「はい、小日向さんが作ってくださるんですって」 「……あいつの手作り」 きちんと食べられるものを出すのか、など不安に思うところも多いが、それ以前に彼女がそんなことをする少女だったことも知らずにいた自分がいて。 「私、すごく楽しみです」 「……そうか、良かったな」 無邪気に微笑んでいる妹から視線を外し、これまでに抱いてきたものとは明らかに異なる不快感を胸に感じながら、冥加はため息をついた。 枝織ちゃん、いい子ですよね。 兄よりも一歩リードしていて嬉しい妹を書きたかったというか、それに苛立つ兄を書きたかったというか。 一番は、メアド交換もお弁当もできなかった鬱憤を晴らしたかったんですが(笑) このお話続きも考えてます。 2010.2.28.up |