※若干パラレル設定です。神南×かなでですが、芹沢は未登場。
しかも中途半端に終わっています。ご注意ください!
*僕らの学園天国・前編* 幼なじみのいる高校に転校したその日の放課後、かなでは一人校舎裏でヴァイオリンを弾いていた。 本当は幼なじみが所属しているというオーケストラ部の見学に行くつもりだったのだが、期末試験前に転校したのが災いしてか、部活動が中止になってしまったとの連絡が来たのだ。 それでも個人練習などは行われているらしいが、できれば部員全員が集まっているときに見学した方がいいだろうと言う幼なじみの言葉に、かなでは素直に従った。 けれど、まだ慣れぬ地での自分の演奏を自身の耳や肌で感じたくなり、教師に呼び出された幼なじみを待つ間、この校舎裏でヴァイオリンを弾くことにしたのである。 この場所を選んだ理由は、今朝学園内で迷ったときに偶然見つけて、かなで自身が気に入ってしまったからで。色とりどりの花が咲き、爽やかな風が吹くこの場所で演奏をしたら、どんなに気持ちがいいだろうと思ったからだ。 かなでの予感は的中した。はじめての地での演奏なのに、ヴァイオリンは不思議なほど伸びやかに歌ってくれたのである。まるで、何かの加護を得たかのように。 演奏を終え、ヴァイオリンを構えていた手をゆっくりと下ろす。ふぅ、と満足げなため息を漏らすと、背後から手を打ち鳴らす音が響いた。 幼なじみが戻ってきたのだろうと思ったかなでが笑顔で振り返ると、そこには見知らぬ男子生徒が立っていて。 「いい演奏じゃねぇか。俺としたことが不覚にも聴き惚れた」 金の髪を持つその男子生徒はにやりと不敵な笑みを浮かべつつ、悠然とした足取りでかなでのもとに近づいた。そして、突然のことに口を開けたままのかなでの顔を赤い瞳に映し、僅かに首を傾げる。 「それにしても、お前見ない顔だな」 「えっ、あの…」 「ああ、そういえば転校生が来るとか言われたか…確か――」 「こ、小日向かなでです。ええと、2年B組の」 転校生という言葉が出たことに驚くも、かなでは目の前の男に所属と名前を告げる。すると、その男の端整な形の眉がつり上がった。 「2年B組、ね…。それで、お前はもうどこかの部に入ったのか?」 「まだですけど、オーケストラ部に入るつもりです」 「オケ部?」 「そこに幼なじみがいるんです。二人ともヴァイオリンが上手いんですよ」 顔を綻ばせながら言うかなでに、男子生徒は片手を顎に添えて「ふぅん」と興味なさげに声を漏らす。 「……だが、それは勿体無いな」 「え?」 「お前にはもっと相応しい居場所があるってことだ」 要領が掴めないかなでが小首を傾げると、男子生徒は赤い目に確かな自信を湛えて、こう言い放った。 「小日向かなで、お前を雑用係に任命してやる」 その後、目の前の男子生徒が口にした数々の言葉は混乱しすぎたかなでの耳に入らなかった。 雑用係に任命してやる。その一言のみが耳の奥で木霊し、いくつものクエスチョンマークが頭の中を支配する。 よく見ると、制服も幼なじみや多くの男子生徒が着ていたものとは異なっていて、この学園の生徒ではないのかもしれないという疑念も脳裏を過ぎった。 知らない人に誘拐される! 都会に慣れないかなでが出した結論はあまりにも稚拙で、けれどそれ以上に必死だった。 「えぇと、あの、結構です!」 搾り出した声で自分の意思を告げ、かなでは逃げるようにその場を立ち去った。 * * * 次の日の朝早く、かなでは軽い足取りで学園の正門をくぐった。 昨日の不審人物との邂逅については、あの後に合流を果たした幼なじみにも告げず、自身の胸のうちにのみ秘めることにした。 この学園に転校する前に幼なじみが「この学校には妖精がいる」と教えてくれたのだが、もしかしたら昨日のあの出来事も妖精が見せた魔法の一つなのかもしれないとかなり強引にかなでは自分を納得させた。 けれど、昨日の今日である。どうも目が冴えてしまったので、少しだけ早く寮を出て、学園内の探索をすることにしたのだ。 登校時間よりも早いためか、人の姿が見られないこともあって、中庭へと続く道は昨日よりも更に長く、そして広くも感じられた。今、この学園にいるのが自分だけなのではないかという錯覚さえ起こしそうになる。 またお気に入りの場所が見つかるといいな、変な人には出会いたくないけれど。 そんな些細な願いを胸に抱きながら学園の名物の一つにもなっている妖精像の前まで足を進めたとき、 「あれ?」 かなでは像の前のベンチに人影を見つけて思わず立ち止まった。 学園の敷地に入って初めて見る人の姿ではあったが、その人物が普通にベンチに腰掛けているだけだったら、かなではそのまま歩みを再開しただろう。 けれど、その人物はベンチの上で横たわっていた。顔や全身を横向きにさせ、藤色の長い髪に隠れてその表情さえも窺えないが、かなでにはどうもその人がただ寝ているだけには見えなかった。 足早に駆け寄り、じっとその人物の肩を凝視すると、僅かにだがゆっくりと上下していて。最も危惧していた予感が外れたことに安堵するも、だからと言ってこのまま放っておくことなどできるはずもなく。 「あ、あの、大丈夫ですか?」 ベンチの傍で腰を下ろし、藤色の頭に顔を寄せて、やや躊躇いがちに声を掛ける。 「えっと、もう少ししたら日差しも強くなるし、どこかに移動した方が…」 返事がないことを不安に感じたかなでは、上体を揺らそうとして伸ばした手を引っ込めた。 具合が悪いときに身体を激しく動かすのは、あまり良い対処法とは言えないだろう。ならば、どうすれば……。 「あ、何か冷たい飲み物でも飲みますか? 私買ってくるので――」 「あかん、行かんといて」 立ち上がり、自販機を探そうとしたかなでの腕を横になっていたその人物が掴んだ。腕に触れるその手の力は弱々しかったが、引き止めた声はかなでの耳に深く響いて。 かなでが視線をその人物に向けると、赤いフレームの眼鏡を掛けた美青年が目を細めた。 「心配させてごめんな。ちょい貧血気味なだけで、これくらい大丈夫やから」 大丈夫と言う割にはその顔色はやや蒼白で、かなでは不安そうに眉をへの字にさせる。 「でも、ずっとここにいるのは身体に良くないです。保健室で休みませんか?」 「……そんなら連れてって欲しいとこがあるんやけど」 長髪の青年の頼みをかなでは快く承諾することにした。 目的地に着くまで、かなでは青年の肩を支えて歩こうとしたのだが、彼は思いのほか長身で最初の一歩を踏み出した時点でよろめいた。 そんなかなでの様子を見た青年は妖艶な笑みを浮かべ、「俺はこっちのがええな」と言って、かなでの小さな手を取った。そして、ゆったりとしたペースで歩き出す。 自分が彼を連れて行くはずなのに、いつの間にか連れられていることに疑問を感じつつも、かなではその歩みに合わせて足を進めた。 二人が辿り着いた場所は校舎内のとある一室だった。 壁に沿って置かれた本棚にはぴっちりと隙間なく資料や書籍が収められ、中央に置かれた豪華な装飾の長椅子が部屋の雰囲気を更に上質なものとさせていた。 部屋に入るなり青年がその長椅子に腰を下ろすと、手を引かれていたかなでも同様に座ることになり。 自分は何をすべきかと困惑した表情をかなでが青年に向けると、それを察したように青年は柔らかな微笑みを返した。 「そこにスイッチがあるから、クーラーを入れてくれへん? あと、なんか飲み物淹れてくれると助かるわ」 「はい、分かりました」 青年の指示に従い、かなでは部屋の中をちょこまかと動いた。 長椅子同様、どう見ても高価な食器や据え置きされた茶葉の種類の豊富さに驚きを隠さないかなでを見て、青年はくすくすと声を出して笑った。 ちょうど緑茶が入ったとき、青年はずっと気になっていたらしいことをかなでに訊ねた。 「あんた、ヴァイオリン弾くん?」 その問いかけにかなでが顔を上げると、青年は長椅子の上に置かれたヴァイオリンケースを指差していて。 はい、と笑顔で答えるかなでに釣られるように青年も口の両端を上げる。 「へぇ。あんたの音、興味あるわ」 そのとき、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴った。 「……なんや、いいとこで邪魔されたなぁ」 青年は肩を竦めた後、「あんたは先に教室行き。俺も少ししたら行くわ」とかなでに告げた。 その言葉に、彼を一人残してしまっていいものだろうかとかなでは僅かに逡巡したが、自分に微笑み掛ける青年の顔色に先ほどまでの蒼白さが見られないことに気づき、「分かりました」と言ってその腰を上げた。 ドアノブに手を掛けたところで振り向き、かなでは青年と視線を合わせる。 「あの、ヴァイオリンならいつでも弾くので言ってください」 「ほんま?」 「はい。腕はまだまだですけど、聴いて貰えるなら嬉しいです」 「そっか、なら楽しみにしとるわ」 かなでの言葉に青年は満足げに眼鏡の奥の瞳を細めた。 「あの、それじゃあ、先に失礼しますね」 「うん。色々ありがとうな、小日向ちゃん」 未だ長椅子に腰掛けている青年に見送られ、かなではその部屋を後にした。 廊下に出ると、周囲はやや騒然としていた。朝礼前の校舎内なのだから当然なのかもしれないけれど、先ほどまでいた室内の雰囲気とは全く異なっていて。まるで異世界から現世に戻ってきたかのような錯覚さえ覚える。 けれど、その奇妙な感覚を悠長に味わうほどの時間はなかった。転校二日目で遅刻をする訳にも行かないと、かなでは自分のクラスへと駆け出した。 ふと、かなでの脳裏に一つの疑問が浮かぶ。 「……あれ、私名乗ったっけ?」 呟きつつ小首を傾げるも、それに対する答えはどこからも返ってこなかった。 「かなでの転校先に神南もいる」という若干パラレル設定で、しかも後半に続きます。中途半端ですみません。 2010.8.28.up |