*君がいる夏* 夏が始まる前のある日のこと、神南高校管弦楽部の部室内のソファに座って踏ん反り返りながら東金千秋は幼なじみにあることを提案した。 「なぁ、蓬生。今年のお前の誕生日、俺が盛大に祝ってやろうか?」 小学生のときに留年を経験した土岐は、年齢的には東金よりも一つ上だ。つまり、今年彼は二十歳になる。 様々な権利を与えられる年齢になったことを記念して、パーティーでも開こうということなのかもしれないが、相変わらずのスケールの大きさに、彼のすぐ傍で紅茶を淹れる準備していた芹沢は心のうちで嘆息した。 「この俺の腕にかかれば、忘れられない一日になることは間違いないぜ?」 そう付け加える東金はどこか不敵な笑みを浮かべていて、純粋に幼なじみの誕生日を祝う気持ちもあるのだろうが、芹沢には他にも何か企んでいるように感じられた。 「おもろそうな話やけど、あんま賑やかなんも疲れるしなぁ。それに、俺ここ(神戸)におるか分からんし」 土岐は本来、東金のように派手で華やかなことを好まない。それもあってか、ぽつりと呟かれた彼の言葉に芹沢は愁いにも似た儚さを感じ取ったが、付き合いの長い東金は簡単にほだされることはなかった。 「ふん、先約があるならはっきり言え」 「先約?」 「今年もお前は小日向と一緒に過ごす気なんだろってことだよ」 首を傾げる土岐に、東金はうんざりとした表情で吐き捨てるように言う。 東金の口から出たその少女の名を耳にして、芹沢は彼が語気を荒くした理由に納得した。彼女が絡むと、二人(厳密には三人)の中で流れる空気が少しだけ変わるのだ。 それにしても、と芹沢はさきほどの言葉を脳内で反芻する。 なんとなく聞き捨てならない単語があった気がするのだが、確か――。 ……今年“も”? 「お前、去年の誕生日の夜、小日向と寮を抜け出しただろ?」 東金の言葉に芹沢は手にしたティーポットを落としそうになるのを即座に食い止めた。 平穏を装いつつ土岐の表情を窺うと、指摘された本人は特に動揺することもなく薄い笑みを浮かべたままで。 「なんや、知っとったの?」 「お前の部屋に行ったら不在だったからな」 暗に咎めるような口振りに、けれど土岐はやはり表情を崩さない。そこに勝者の余裕を見たような気がしたが、もちろん口が裂けても言うまいと芹沢は心に誓う。 土岐とかなでの関係は、最早公認のものである。この一年、土岐は何度も横浜に行ったし、かなでが神戸を訪れることもあった。この二人は特に周囲に見せつけたりはしないのだが、東金が何かと理由をつけて茶々を入れるため、付き合わされることになる芹沢の目にも自然に入ってきて。 土岐と東金の子どものようなやりとりを見て、くすくすと笑う彼女を間近で見られるのは確かに悪くない。今年の夏も、演奏という形で争えることを光栄にも思うのだが。 「星奏が使う宿舎を調べろ」 「遠征の参加者に俺もこっそり入れてくれへん?」 全国大会を前にした後輩たちを激励に来たはずの元部長と元副部長の言葉に、芹沢は頭を抱えるしかなかった。 Happy Birthday TOKI!! またまた、かなでちゃん不在ですみません。しかも土岐より東金たちの方が目立ってるという…。 全国大会の会場って、毎回異なるのでしょうか。そう思っての今回の話なんですが会場がいつも横浜だったらどうしよ。 2010.8.21.up |