*君の心に触れるのは* さんさんと輝く太陽の下、星奏学院のアンサンブルメンバーは律の提案で昼食を共にすることになった。 かなでが用意した手作り弁当を食べた全員が満足気に舌を鳴らし、その様子に作った本人も嬉しそうに微笑む。食事が終わった後も和やかな時間は続くように思われた。 ――が、それは響也の一言で脆くも崩れた。 「おい、大地」 「ん、なんだい?」 「さっきからベタベタベタベタ、アンタこの短時間でどんだけかなでのこと触ってんだよ」 そう言って、響也はジト目でかなでの隣に座る榊を睨む。 先ほどからことあるごとに榊はかなでの頭を撫でているのである。勿論、今も榊の手はかなでの頭の上にのっており、そのことが響也には不愉快でならない。 「ひなちゃんか可愛いから、つい…ね。ごめん、迷惑だったかな?」 「い、いえ、そんなこと…」 悪びれず、顔を近づけてウィンク付きで問いかける榊にも、それに頬を染めて答えるかなでにも文句を言いたくて口を開くが、 「そう言う響也先輩も、さっき小日向先輩の顔に触れていましたよね」 「はぁ!?」 「僕にとってはお二人とも不謹慎です」 眉間に皺を寄せた悠人によって、ばっさりと斬られる。 「……やれやれ、俺も入ってるのか」 さり気なく人数に入れられていたことに苦笑を漏らす榊とは対照的に、響也は悠人を鋭く睨みつけて反論した。 「あのな、さっきのはかなでの頬にご飯粒が付いてたからで――」 「そんなことは口で言えば済むと思います」 「どん臭いから口で言っても分かんねぇんだよ、かなでは!」 「それに小日向先輩の飲み物を断りもせずに飲んでいましたよね。これは前からですが」 「暑いからな、自分のはすぐになくなっちまうんだよ」 「問題にしているのはそこじゃありません!」 「ははは。ハルは間接キスについて言っているんだよ、響也」 「なっ、間接…!?」 「そ、そういう言葉をはっきり言わないでください、破廉恥ですっ!」 茹蛸のように真っ赤になった二人を見て、榊はひとしきり笑った後、ちらりと視線を別の場所に向けた。 そして、湯沸かし器のように頭から湯気を出しながら「そもそも女性に気安く触れること自体…」などと不満を零している悠人に小さく声を掛ける。 「――なぁ、ハル」 「なんですか」 「じゃあ、あれはどうなんだ?」 そう尋ね、榊は親指で後方を指した。 悠人と響也が榊の肩越しを覗き込むと、言い争いの輪から外れたかなでと先ほどからずっと無口を決め込んでいた律が話しているようで。その会話の内容は、 「小日向、どうした? なんだか眠そうだな」 「うん…最近ちょっと眠れなくて」 「ファイナルの前で緊張しているのかもしれないな。リラックスのためにマッサージをするといい」 「え、マッサージ?」 「ああ、頭皮を刺激するのもいいんだが…そうだな、手を貸してくれないか?」 「うん、どうぞ」 「……確か、ここに緊張を解すツボがあるんだ」 「ふふ、律くんって物知りだね」 かなでの笑顔に釣られて微笑み、手を揉み続ける律。 「…………」 「…………」 「律も結構ひなちゃんとのスキンシップが多いよな?」 目の前の和やかすぎる光景を見ながら、確かに榊の言う通りだと悠人は思った。 そういえば、セミファイナル当日のステージ裏でも律はかなでを励ますために彼女の手を両手で包んでいた。 でも。 「……部長はいいんです。お二人と違って下心がありませんから」 「オ、オレだってそんなもんねぇよ!」 「まぁ、俺は否定しないけど」 「おい!」 飄々とした態度で告げる榊に突っ込みを入れつつ、響也は悠人に食ってかかる。 「ってか律の評価が甘すぎねぇか、明らかに差別だろ!?」 「差別ではありません、あなた方との人徳の差です」 きっぱりとそう告げて、悠人は腰を上げた。猶もギャーギャーと騒いでいる響也を無視し、そのままかなでと律のもとに近寄る。 「部長、先輩、そろそろ練習を再開しませんか?」 「ああ、そうだな」 「ハルくん、みんなとの話は終わった?」 「ええ、お待たせしてすみません」 「ううん、そんなことないよ」 立ち上がろうとするかなでに悠人がさり気なく右手を差し出すと、かなでは「ありがとう」と微笑んで自分の手を重ねた。 重なった小さな手を握り、くいっと少しだけ力を込めて引っ張ると、それに引き寄せられたかなでの目線が悠人と同じ高さになって。 近づいたかなでの表情を見て、悠人は自身の頬が熱くなるを感じた。「お前も触ってるじゃねぇか」という響也の呟きは耳に入らない。 「あの、小日向先輩」 「うん、なに?」 小首を傾げるかなでのみを見詰め、悠人はその口を開いた。 「先輩の笑顔は反則です。あまり可愛らしいところを他の男に見せないでください」 「……へ?」 「それについては追々お話するので、今はとりあえず練習を始めましょう。どこでやりますか、屋上でもいいですよね」 「えっ、あの、ハルくん?」 かなでの手をぐいぐい引っ張り、歩き出す悠人の後ろ姿をその場に残された三人が神妙な面持ちで見送る。 「…………」 「…………」 「なるほど、水嶋の言うことも頷けるな」 「……そこ、納得するとこじゃねぇだろ」 律の言葉に呆れ果てた弟は手を額に当て、親友は無言で苦笑を浮かべた。 ここに第三者がいれば、ため息を吐き、こう愚痴を零したに違いない。結局どっちもどっちじゃないか、と。 ハル→響也→榊→律→ハルって感じで、相手のかなでへの行動を気にしていたらいいと思います(笑) 2010.6.19.up |