*夜は賑やかに更ける*


 夜、喉の渇きを潤すためにキッチンへ向かう途中、通りかかったラウンジで東金は土岐とかなでが一緒にいるのを見かけた。
 二人きりで仲良く談笑している光景にも物申したくなったが、それよりもまず指摘すべきは、

「小日向に何をやらせているんだ、蓬生」
「何って、見ての通りやけど」

 レンズの奥の瞳を細め、にこやかに告げる幼なじみに東金は頬の辺りの筋肉が引き攣るのを自覚する。
 二人の間にぴりりと生じた火花の存在に気づかないかなでは、「土岐さんの髪ってきれいですよね」などと顔を綻ばせながら未だに手を止めようとはしない。
 東金が不機嫌な理由はまさにそこにあった。
 今、かなでは椅子に腰掛ける土岐の後ろに立ち、彼の長い髪を櫛で梳かしているのである。
 かなでが髪を梳かしている相手が別の相手、例えばニアだったら東金は何も思わなかっただろう。
 状況的には有り得ないが、土岐が芹沢に髪を梳かせていても面白いことをしているなと揶揄するくらいで済んだはずだ。
 だが、現実は違う。
 かなでが土岐の髪を梳かしているのだ。しかも楽しそうに。
 土岐も土岐で満更でもない顔つきなのが癇に障った。むしろ自分に見せ付けているようにも感じられてますます苛立ちが募る。

「どうせお前が無理矢理やらせてるんだろ」
「最初にして言うたんは俺やけど、今日は小日向ちゃんからのお願いや」
「なっ…」

 かなでが笑顔であることを一切考慮せず、面白くないという理由のみで幼なじみを責めるも、返ってきたのは思いも寄らぬ一言で。

「ふふ、土岐さんの髪を梳かすのってすごく楽しいんですよ」

 かなでの言葉が追い討ちとなって、東金の胸をえぐる。
 どうやら今日自分が初めて目撃しただけで、この二人の戯れは何度か繰り返されたことらしい。同じ屋根の下に住んでいても今まで噂にもならなかったということに幼なじみの意図が見え隠れしているようにも思えたが、見かけたからにはこのまま野放しにするつもりはない。

「そうか、楽しいのなら俺も混ぜろ」

 口角を上げて挑戦的に告げると、土岐もかなでも驚いたように目を見開いた。

「千秋は別の用があったんちゃうの?」
「そんなの後回しで構わん」

 邪魔しないでくれへん?とでも言いたげな土岐の視線をかわし、東金はかなでの方に近寄る。

「文句ねぇよな、小日向?」
「もちろんいいですけど…東金さんも土岐さんの髪を梳かしたいんですか?」
「んな訳あるか」

 相変わらず暢気なことを言ってくるかなでの頭を小突き、そのまま色素の薄い髪に触れるとそれは僅かだが水分を含んでいて。

「ちょうどいい、風呂上りみたいだな」

 にやりと笑みを浮かべ、くしゃっと軽く撫でた後、長い指を髪の流れに沿って何度も滑らせる。

「と、東金さんっ…?」

 突然の行動に驚きを隠せないかなでが東金の方に顔を向けようとするが、それを空いた手で制し、髪を梳くのを続行する。真っ赤に頬を上気させる少女とそれを嬉しそうに眺める東金を見て、土岐は端整な眉を歪めながら問うた。

「…千秋、何しとんの?」
「見れば分かるだろ?」

 先ほどの仕返しとばかりに目を細めた東金は幼なじみに余裕たっぷりの視線を向ける。
 二人の間に再び生じた火花にやはり気づかないかなでは、櫛を持ったまま自分は何をすべきかを懸命に考えているようで。それを見た東金が彼女の耳元にそっと顔を寄せて囁く。

「小日向は好きなだけ蓬生の髪を梳かしてやれ。俺はこっちを楽しむ」
「千秋は俺の前に来ればええやん。その髪梳かしたるよ」
「短すぎるだろ、結構だ」

 かなでから東金を引き離したいらしい土岐が無茶な提案をしてくるが、勿論それに乗るつもりはない。
 幼なじみが投げかける言葉を東金がとりあえず無視していると、暫くしてその声がぴたりと止んだ。諦めたのかと思って前方をちらりと覗きみると、どうやらかなでの櫛入れが再開したらしい。
 そんなことで大人しくなってしまうのだからお前も余程だな、と幼なじみの変化に内心苦笑するも、かなでの柔らかな髪に触れているだけで心の波が凪いでいる自分もいて。
 こいつを傍に置いておきたい。
 日に日に強くなるその思いを近いうちに必ず実現させてみせると強く心に誓いつつ、自分がラウンジを訪れた当初の目的を思い出した東金は、にこにこと鼻歌まじりで櫛を動かすかなでにいつ最高の紅茶を要求しようかと密かに思案し始めた。

「小日向ちゃん、次は膝枕してくれん?」
「えっ?」
「それなら俺はお前に腕枕をしてやろうか?」
「ええっ!?」

 そして、二人の戦いは夜が更けるまで続く。





 土岐→何かしてほしい子、東金→何かしてあげたい子に見えます。


 2010.6.15.up