*君に急ぐ* (なんてことだ…) 腕時計が示す時刻を見て、律は眉を曇らせた。 今日は誕生日だから家でお祝いをしてくれるとかなでが言っていたのに、最後の講義が長引き、その上講義後に教授に呼び出されたために約束した帰宅時間をたいぶ過ぎてしまっているのだ。 律が以前から探していた教本を教授が貸してくれたのは有難いことだったが、時間が気になってしまって彼とどんな会話を交わしたのかは正直ほとんど記憶にない。 大学の廊下を足早に歩きながら携帯電話を開くとメールが数通届いていた。受信ボックスを覗いてみると全てかなでからのもので。 どうやら授業中に送られてきたものらしい。最新のメールを開くと、ケーキが完成したという報告と一緒に『りつくんたんじょうびおめでとう!』という文字が書かれたホールタイプのチョコレートケーキの写真が添付されていた。 ほんのりと胸が熱くなる。けれど、自分のために色々と準備をしてくれている恋人を長い間待たせてしまったことを思うと同時にちくりと痛みも生じた。 すまないと言いたくて。でも、ありがとうと言いたくて。何よりも早く声が聴きたくて、残りのメールを確認せずにかなでに電話を掛けた。 プルルルル、プルルルルと呼び出し音が通話口から耳に伝わる。 その規則正しい音がいつまでも続くものだから、かなでに何かがあったのか、もしくは自分のことをそんなに怒っているのかと不安が脳裏を過ぎったが、十回を超えたときにやっとその音が止まった。 「かなで?」 『………じゃなくて悪かったな、クソ兄貴』 通話口から聴こえたのは不機嫌を露にした弟の声だった。予想外の人物の登場に、律はその目を瞬かせる。 「響也か? すまない、間違えたようだ」 『ちょっ、待て、切ろうとすんな! 間違いじゃねぇよ。かなでの手が離せねぇっつーからオレが出ただけだ』 響也の話によると、昔のように3人で誕生祝いをしたいというかなでに誘われて半ば強制的に参加させられたらしい。 相変わらず幼なじみのお願いには弱い響也である。面倒臭いと文句を言いつつも、結局はついて来てくれたのだろう。 普通の男であれば年に一度の誕生日の夜を恋人と二人きりで過ごせないことに不満を感じても良いはずなのに、律はそれを素直に喜んだ。 律が星奏学院に行くまでは、誕生日のたびにかなでと(顔を渋らせた)響也が自分を祝ってくれていた。地元を離れ、菩提樹寮で暮らし始めてからはそれが行われることもなかったため、実に4年ぶりの催しである。それを喜ばないはずがない。 『それにしても、どんだけ待たせるんだよ。ケーキも料理もとっくにできてるんだぜ』 「すまない、講義や教授との話が長引いたんだ」 『ふーん、大学生も大変なんだな』 100%他人事というような響也の言葉に、律は「ああ」と短く返す。 『で、あと何分で帰ってくるんだよ?』 響也に問われ、律は僅かに思案した。 律が住むアパートは大学から電車で数駅とかなり近い。ただ、駅からアパートまでの距離が結構あるため今日は走ることになるだろう。そんなことを考えながら響也に答える。 「30分…いや、20分は掛らないと思う」 『20分だな? じゃあそれが過ぎたら、オレが蝋燭の火消して、かなでが作ったもん全部食っちまうからな』 「駄目だ。絶対に駄目だ」 それだけは譲れないとばかりに語気を強めて言うと、兄の意外な反応に電話の向こうの響也は一瞬言葉を詰まらせたようで。 しかし、僅か数秒後、通話口からはカラカラと笑う声が聴こえてきた。 『ったく、そう言うなら死ぬ気で急げよ』 「ああ」 『かなでのヤツ、すっげぇ楽しみにしてるんだ』 ずっと前から。それに、今だって。 そう付け足した響也の声は柔らかで、けれどどこか寂しげに響いて。 その声色に違和を感じながらも、果たして何を意味しているのかまでは分からないのが律である。 「それは俺だって同じだ」 『……ノロケんなよ、バカ兄貴。じゃあな』 はっきりと言葉を返すと、ため息と共に呆れた声で諌められ、その後一方的に電話を切られた。 弟の機嫌が更に悪くなったことに首を傾げつつも携帯電話を閉じ、アパートまでの道は全速力で走ろうと律は決意を固くする。 早く彼女のもとに行くために。今日という日を祝ってもらうために。何よりも彼女の笑顔と声を自分へと向けるために。 生暖かい夜風が髪を撫でる中、律はその一歩を踏み出した。 Happy Birthday RITSU!! 公式(配信イベント含む)で律がかなでを名前呼びする日は来るんでしょうか。来て欲しい、切実に…。 律かなが恋人になった場合は、響也も込みで仲良くしてると微笑ましいなと思います。 巻き込まれる響也は複雑な心境かもですが(苦笑) 2010.6.6.up |