*けれど、何よりも美しく*


「小日向さんって可愛いよね」

 唐突に発せられた一言に口に含んでいた紅茶を噴出しそうになるも、すんでのところでそれを抑える。
 発言をした張本人を鋭い視線で睨みつけたが、その人物――天宮静は動じる素振りも見せずに、「ね?」と微笑を浮かべたまま念押ししてきた。

「……俺がそれに対して同意するとでも思ったのか?」
「同意してくれたら面白いだろうなとは思ったよ」

 悪びれることなくそう告げる天宮に、「くだらん」と思考がそのまま言葉になる。
 全くもってくだらない。
 休日に珍しく来訪したかと思えば、そんなことを話題に出してくる隣人はもちろんのこと、何かしらの理由をつけて追い出せばいいものをそれに乗っかってしまった自分自身も大概である。
 俺が零した言葉の意味を果たして解しているのか、天宮はにこやかな表情を崩さずにその口を開く。

「ころころ変わる表情やちょっとした仕草が愛らしいよね。あと、小さな身体でちょこちょこと走り回っている姿も」
「頼りないとしか思えんな」
「ああ、保護欲がそそられるってやつだね?」
「違う」

 語気を強め、きっぱりと否定してみせても、まるで意に介した様子はない。
 ……この男はここまで奔放な性格だっただろうか。
 付き合いはそれなりに長いはずなのに、たまにこいつの思考が理解できなくなる。全国大会を境にしてその頻度は増したような気もするが、そうなった原因を突き止めたいとは思わない。藪をつついた後に何が起こるかは明らかだからだ。
 それなのに天宮は柔らかな笑みを浮かべて自ら進んで蛇を出してくる。

「以前ね、小日向さんに僕の上着を着せたことがあるんだけど、サイズが全然合わなくてさ。不恰好で、でも堪らなく可愛かった」
「お前の嗜好など知らん」
「そう? 残念だな、冥加なら共感してくれると思ったんだけど」

 言葉とは裏腹に、天宮の表情は微塵も残念そうには見えない。その証拠に「それなら一度試してみるといいよ」などと余計なことまで付け加えてくる始末である。
 この男は、ただ己のフェティシズムを曝け出して俺の反応を楽しんでいるだけなのではないか。そんな考えが脳裏を過ぎり、俺は眉間の皺を深くした。
 けれど。
 
「君の瞳には彼女はどう映っているのかな」

 不意に呟かれた一言に、先ほどまでとは僅かに異なる声色に。俺は手に持っていたティーカップを静かに皿の上に載せた。カチャリ、と無機質な音が室内に響く。
 一つ嘆息した後、天宮を一瞥すると紫苑の瞳と視線がかち合った。

「そんなことを聞いてどうするつもりだ」
「単純に興味があるんだよ、小日向さんに関わることだからね」

 自分の音楽以外には無関心だった天宮が、あいつに対して唯一興味を抱いたことについては皮肉としか言えないが、そこまではっきりと告げられてはこちらとしてもそれなりの誠意を持って答えるべきだろう。

「小さくて頼りない。その上落ち着きもなければ、ヴァイオリニストとしての自覚も足りない。だから、あの女に対してお前のような感覚を覚えたことなどない」
「ふぅん、なるほど。でも、それだけじゃないだろう?」
「ああ。だが、これ以上言葉にするつもりはないな」

 俺の言葉に、天宮はくすくすと喉を鳴らす。

「一番肝心なところを言わないなんて、君も意地悪だね。いや、素直じゃないのかな」
「それくらいは聞かずとも察してみせろ。お前は、あいつほど鈍感ではあるまい」

 そう言い放ち、俺は僅かに温くなった紅茶をゆっくりと口に含んだ。

 小さくて頼りない。その上落ち着きもなければ、ヴァイオリニストとしての自覚も足りない。
 天宮に答えたその認識に一切の偽りはない。
 だが。
 あいつの奏でる音は、演奏する姿は、そのどの言葉にも当たらない。
 何よりも眩しく見えるそれこそが、俺の瞳に映る真実で。

「やっぱり素直じゃない」

 ぽつり、と。やや非難めいた、けれどどこか弾んだ声が耳に届いたが、俺は聞こえない振りをした。





 一応冥加vs天宮で、ぎりぎりイーブンのつもり(笑)
 色々書けなかったネタは小ネタで消化していけたらと思います。
 天宮が言う「以前」は、待ちぼうけイベントでのことですが、話を書こうと思ったきっかけは配信イベントです。


 2010.5.24.up