*太陽が輝く日に*


 ここ最近、自分の周囲が活気づいているように思う。
 勿論、全国大会が迫っていることも理由の一つだが、多分それだけではない。
 去年までとはどこか違う。何かが違う。

「じゃあな〜榊」
「ああ、また明日」

 放課後、友人たちに別れを告げ、一人音楽室に向かう。
 長く続く廊下を歩きながら、ふと窓の外に視線をやると、日中ほどではないものの、それでも普段より強い日の光が榊の目を刺激した。
 今日はひどく暑い。
 校舎の中にいても、窓の傍にいればその熱気を感じずにはいられない。
 元から軽く締めていたネクタイを更に緩め、榊はふぅと息を吐いた。窮屈さは多少和らいだが、差し込む日光の鋭さには成す術もない。
 何か冷たいものでも買って行くかと思案しながら、のんびりとした足取りで突き当たりにある角を曲ると、その先で先日知り合ったばかりの二人の後輩の姿を発見した。
 如月響也と小日向かなで。
 彼らこそ、適度な緊張を持ちながらも穏やかに過ごしていた榊の日常を変えた、可愛い原因たちである。
 発見したと言っても、榊と二人との距離はまだ大分あるため、彼らはまだこちらの存在に気づいていない。
 おそらく、校内選抜にむけての打ち合わせでもしているのだろう。手には楽譜を持ち、向かい合って何かを話し込んでいる。
 と言っても、響也の表情はどこか不満気で、それをかなでがたしなめているようにも見えて。
 しかし、二人の間に流れる空気に険悪な色は全く感じられない。
 かなでに何かを言われ、反撃とばかりに額を小突く響也の仕草は優しく、小突かれたかなでも額を擦っているものの、その表情は柔らかい。
 まだ知り合って間がないとは言え、あの二人を見ていると幼なじみというのはこういうものなのかとしみじみ思う。
 その距離感をお互いがどのように感じているかは分からないが、第三者の立場から見れば非常に微笑ましい姿に映っている。

 それにしても。
 出会った時も思ったことだけれど、彼らがあの如月律の弟と幼なじみであるとは、少し意外であったし、だからこそ興味が湧いた。
 弟の方はよく見れば兄に似ている部分もあり、反発している態度さえどこか愛嬌を感じる。
 兄弟間にある確執については、自分が関わるべき部分ではないと思っているのだが、なんとなくじきに解決するように榊には思えた。
 その根拠はただの楽観視だけではなく、彼らのすぐ傍にいる彼女の存在があったから生まれたものだった。
 彼らが編入する前に一度、律に対して幼なじみのことを問うたときに上手くかわされたことがあったが、今ならその態度の理由が分かるような気がした。
 多分、律なりに彼女を大切に思っているのだろう。厳しい態度の裏に隠れた彼の優しさを榊は知っている。
 久々の再会に少し関係がぎくしゃくしているところもあるが、それもこれから修繕されるように思う。
 響也とかなでの二人は、おそらく大会メンバーに選らばれるだろう。彼らには、それだけの実力があるし、かなでに至っては音楽に対する情熱も人一倍強く感じる。
 二人が星奏学院に転校したことで、オケ部にも、自分の周りにも小さな変化が生まれた。
 それが今後どのように成長していくかは今の榊には分からないが、それでも煩わしさはない。むしろ楽しみでさえある。
 彼らの音をもっとよく知りたいと思った。そして、彼ら自身も。
 
 …遠くからずっと眺めてるなんて、いい趣味とは言えないよな。
 心の中で自分自身に突っ込みを入れ、榊は二人の元へゆっくりと足を進めた。
 二人はまだ何かを話し込んでおり、自分が近づいていることに気が付いていない。
 距離が縮まるにつれ、窓から差し込む強い光を浴びて、かなでの色素の薄い髪がきらきらと反射しているのが見えた。
 榊はあの柔らかな髪の感触を好ましく思っている。だからと言って過度に触れると、かなで本人ではなく、なぜか響也に嫌な顔をされるのだが。

「よっ、頑張ってるなお二人さん」

 この暑さにめげぬよう、缶ジュースでも差し入れようか。
 そんなことを考えながら、榊は可愛い後輩たちにむけて明るく声を掛けた。





 榊が考え事をしていたのは、ほんの10秒ほどということにしてください(笑)
 漫画の中でかなでの頭を撫でまくる姿が印象的でした。スチルにもあるみたいだし楽しみ。
 なんとなく、榊は星奏のお兄ちゃん、否お父さんって感じです(笑)


 2010.2.3.up