*ランチタイム・ラプソディ*


「どうぞ」

 やや小振りな弁当箱を半ば強引に手渡され、冥加は言葉を返す代わりに鋭い視線で睨みつけた。
 隣に座ってにこにこ微笑んでいるのはそれを作ったであろう人物で、冥加を山下公園まで無理矢理連れ出した張本人でもある。
 どうしてこうなったのか、自分でも分からない。
 眉間に深く皺を寄せながら、冥加はここに至るまでの記憶を遡らせた。

 今日は特に予定のない休日ということもあって、冥加は久々に自宅で寛いでいた。
 今思えば、妹の機嫌が朝からやけに良かった気がするが、そのときは別段気にも留めなかった。
 昼過ぎになり、そろそろ昼食をとろうかと考えているとインターホンが鳴り、枝織がかなでの来訪を知らせた。
 枝織が上機嫌であった理由を察し、「今日もあいつと出掛けるのか?」と訊ねると、枝織は微笑みながら首を振ってみせた。
 その返答に訝しむも、かなでを迎えるようにとせがまれ、渋々玄関に向かった。扉を開けるとバスケットを持ったかなでが立っていて、冥加は第一声に詰まった。

「小日向さん、兄様をよろしくお願いします」

 背後からの声に振り返ると、妹が先ほどと変わらぬ笑みを浮かべていて。

「枝織、お前は何を――」
「では、お二人ともいってらっしゃいませ」

 全ての言葉を言い終わる前に簡単な荷物を持たされ、マンションの廊下に追い出された。
 目の前でドアが閉まり、その後律儀にも錠を掛けられた。
 施錠に関してはほとんど意味をなさない気がしたが、自分を追い出したいという枝織の思惑だけは十分に読み取れた。しかし、真意までは掴めない。

「説明をしてもらおうか」

 不機嫌を露にした声で、おそらく共犯であろう少女に問うも、彼女も微笑みを浮かべたままで。

「さぁ、行きましょう。冥加さん」

 いきなり腕を引かれ、有無を言わさず外に連れ出された。
 もちろん、向かった先は山下公園。
 海を正面にしたベンチに座らされたかと思うと、隣に座ったかなでは持っていたバスケットから弁当箱を取り出し、冥加に手渡した。
 ――そして、困惑状態の現在に至る。

「あの、冥加さんと一緒にランチをしたかったんです」

 やっと告げられた少女の目的は、あまりにも単純明快で。何故だ?と問うと、「一緒に食べたことがなかったから」と尤もな答えが返ってきた。

「食事ならば…共にしたことがあるだろう」
「お、お弁当を食べて貰いたかったんです!」
 
 花火が上がっていた夜のことを暗に示す冥加に、かなでは頬を染めて答える。
 その答えに、冥加は手渡された弁当箱を一瞥した。
 先ほどまでは少し混乱していたものの、冥加とてそこまで渋る理由はない。ただ、素直になれないだけで。

「俺がこれを食べれば、お前は満足なのか?」

 ありがとう。そのひと言が言えない青年は、いつものように不遜な態度で少女に問う。
 けれど、かなでは気にすることなく、「はい!」と笑顔で頷いた。
 その素直な返事に、冥加は大きくため息を吐き、仕方ないとでも言うかのようにゆっくりと弁当箱の蓋を開けた。
 中から現れたのは彩り豊かに添えられた菜の数々で。豪勢とは言えないけれど、遠い記憶を思い起こさせるような温かみがそこにはあった。
 自分の反応が気になるのか、こちらをじっと見ているかなでの視線に居心地の悪さを感じつつも、冥加はその中からだし巻き卵に箸を伸ばす。
 口に含めば、ふんわりとした食感と薄口だけれど、優しい味わいが口内を満たした。

「お口に合いますか?」
「…………」

 かなでの問いかけには答えず、黙々と箸を運ぶ。

「あの、とうもろこしは入れていませんから」

 ………枝織め。
 要らぬ情報をリークした妹の名を胸中で恨めしげに呟き、冥加は箸を止めた。
 隣に座っている少女に視線を向けると、期待と不安がない交ぜになったような表情を浮かべ自分を見上げている。

「俺と一緒に昼食を取りたかったんだろう? お前も自分の分を食べろ」

 冥加に言われ、かなでは慌てた様子でバスケットからラップに包んだおにぎりを取り出した。
 どうやら自分の弁当には、あまり手間を掛けなかったらしい。
 そんな彼女を横目で見つつ、冥加はかなでに言葉を続けた。

「食事中に無駄話をするのは好かん。だから、俺との談笑などは期待するな」

 けれど、少女は首を振って答える。

「私は冥加さんと一緒にいられるだけで嬉しいです」

 それは、偽りなど入る余地もないほどはっきりと告げられた言葉。
 以前から酔狂なことを言うとは思っていたが、まさかここまでとはと流石の冥加も閉口する。
 しかし。
 その意見には同意しないでもない。
 内心で呟きつつも、もちろん口に出せる訳もなく。

「後で感想を聞かせてくださいね?」
「………気が向いたらな」

 柔らかな笑みを浮かべるかなでから視線を逸らし、冥加は手作り弁当に再び箸を伸ばした。





 久々に書いた冥加さんは、びっくりするほどへそ曲がりになってしまいました(失礼)
 本当はすごくお弁当が美味しかったのに、言えない冥加さんです。頑張ってくれよ!(とりあえず私が)



 2010.5.10.up