*おまじない* 全国大会ファイナルの翌日、かなでは高熱で倒れた。 寮に滞在しているしていないにかかわらず、多くの学生たちが彼女の見舞いを申し出たが、その人数のあまりの多さに辟易したニアによって全員が門前払いを食らわされた。 中には文句を言う者もいたが、「お前たちの相手をしたことで小日向の病状が更に悪化してもいいんだな?」とニアに睨まれると、誰もがその口を閉ざした。 「緊張が解れたせいもあるだろうが、今日は安静にしておくんだぞ?」 「…うん、そうする」 ニアの呼びかけに、ベッドで横になっているかなでが弱々しく答える。急激に上がった熱が彼女を朦朧とさせているのだろう。 以前にもかなでは体調を崩したことがあったが、そのときよりも辛そうなことは表情を見ても明白だった。 「夕飯の時間になったらまた顔を出すよ。それまで、ぐっすりと眠るといい」 「……ありがと」 「礼は治ったときに言ってくれ。じゃあな」 少しでも風通しがよくなるようにと窓を僅かに開けてから、ニアはかなでの部屋を出た。 パタンとドアが閉まり、足音もだんだんと遠くなると、部屋は急に静かになった。 ニアが開けてくれた窓から流れてくる風により、カーテンがゆらゆらと靡く。ちょうど頭上で揺れているそれをかなでは仰向けになった状態でのんびりと眺めていた。 昼過ぎに飲んだ薬の効果が出始めたのか、次第に目蓋が重くなってくると、かなではそのままゆっくりと目を閉じたのだった。 * * * 暫くして。 頬にひんやりとした感触を感じ、かなでは微かに意識を覚醒させた。 重たい目蓋を少しずつ持ち上げていくと、ぼやけた視界の先に誰かがいるのが分かった。 「おはよ、小日向ちゃん」 独特のイントネーションと共に紡がれる穏やかな声。 それは火照った頬にあたる感触と同じくらい心地よくて。 「土岐…さん?」 掠れた声でその名を呼ぶと、おぼろげな輪郭は徐々に鮮明になっていき、最後には優しい眼差しを送る青年の顔が見えた。 頬に添えられていたのは彼の右手だったらしく、かなでが目を何度か瞬かせると、その手を頭に移し、よしよしと撫でた。 「起こしてもうてごめんな?」 「い、いえ、でも…どうしてここに?」 上体を起こそうとするかなでを制し、土岐はベッドに腰を下ろしながら事も無げに告げた。 「もちろんお見舞いや。さっきはあんたの友だちに止められたけど、辛抱できんかった」 「で、でも、寮母さんに見つかりませんでしたか?」 「ふふ、入り口はそこのドアだけやないで」 いたずらっぽく微笑んで、ドアとは逆の方向を指差す。その先には、かなでが眠りにつく前よりも幾分開いた窓があって。 「まぁ、開いとったのは運が良かっただけなんやけどね。でも、誕生日の夜を思い出したわ」 そう言って、懐かしそうに目を細めた土岐はかなでの頭をもう一度撫でた。 「って、すまん。普段通りに話してもうた」 「いえ、大丈夫ですよ。寝たらちょっと良くなりましたし」 「嘘はあかんよ。あんたの頬っぺたはまだまだ熱かったで?」 「…そ、そうですか?」 首を傾げると、「証明したる」と短く言った土岐は、かなでの頬にそっと右の手のひらを添えた。 人よりも少しだけ体温の低い土岐の手は、ひんやりと気持ちよくて。 もっと触れたいと思って、その手に自分の左手を重ねようとして、かなでははっと我に返った。 「わっ、ご、ごめんなさい!」 「ええよ。でもな、俺の手より効き目があんの持ってきたんや」 「え…?」 「コレ」 頬に添えた手はそのままに、左手をかなでの前に出すと、そこには見覚えのあるものがあって。 「あんたがくれたもんや。一枚しか残ってなかったんやけど、使ってくれへん?」 「でも、一枚しかないなら土岐さんが――」 「こないなときまで何を言うとるの。俺のは自分で買うから、コレはあんたが使い。その方が俺も嬉しぃで?」 「…は、はい。それじゃあ、使わせてもらいますね」 「うん、ええ子やね」 かなでの答えに満足げに微笑んだ土岐は、その笑顔のままで左手に持った冷却ジェルシートをひらひらと靡かせた。 「で、おでこと首、どっちがええ?」 「え?」 「貼ったげるよ。おでこを冷やすんは基本やけど、首も結構効果あるんやで」 どちらも自分の手で貼れそうな気はしたけれど、子どもの頃母親にやってもらった記憶が不意に甦り、なんとなく懐かしさを感じたかなでは土岐の好意に甘えることにした。 「えっと、じゃあおでこでお願いします」 「なんや残念。下心が見え見えやったかな」 「え?」 「いんや、独り言やから気にせんでええよ。んじゃ、おでこ出してな?」 何かぶつぶつと言っている土岐に疑問符を浮かべつつも、かなでは言われた通りに前髪を両手で掻き分けて額を表に出した。 上体を起こさぬように言われてしまったため、未だに仰向けになっているかなでは覆いかぶさるように覗き込んでくる土岐との距離に少しだけ胸の高鳴りを覚える。 なんだか急に恥ずかしくなって、目をぎゅっと瞑ったら、それを好機と思った土岐は小さく喉を鳴らした。 「早うようなりますように」 祈るように言った土岐は手に持ったジェルシートではなく、自身の顔を近づける。 かなでの額に何か柔らかい感触が触れ、その直後十分に冷えたジェルシートが額を覆うようにして貼られた。 驚いたかなでが目を開き、何度が瞬かせていると、それを見た土岐は幼い子どものようにくすくすと声を出して笑った。 「い、今っ、お、おでこに…っ」 「ふふ、おまじないや」 混乱のあまり上手く舌が回らないかなでに、土岐は人差し指を自身の唇の前に添えて告げる。 「首は今度な?」 耳元まで顔を寄せ囁かれたその言葉は、どこか妖艶な色を含んでいた。 くっついているのか、いないのか不確かですみません。 珠玉というよりは通常EDっぽい関係です(土岐に通常EDはないけど!) かなでが首を選んでたらちょっと大変なことになったと思います(笑) 2010.4.10.up |