*淡い陽光のような*


「なんだそれは?」

 目の前に差し出されたバスケットを一瞥した後、俺はそれを持って微笑んでいる少女を鋭い眼差しで睨んだ。

「昨日いただいたフルーツでお菓子を作ってみたんです。良かったら、食べてください」

 その言葉に、昨日こいつに果物籠を贈ったことを思い出し、出会い頭に礼を言われた理由も納得した。
 けれど。
 この女の考えることは本当に理解不能としか言えない。

「貴様からの施し物など不要だ」
「施し物なんかじゃないです。ただ昨日のお礼をしたくて」
「礼などもいらん。そもそも昨日のも貴様が先に贈りつけてきたんだろう」
「私が渡したのと冥加さんがくれたのとでは、全然釣り合いが取れませんよ! あんなにたくさんフルーツをいただいちゃって申し訳ないです」
「申し訳ないと思うのならば、俺の傍に寄るな。このようなこともやめろ」
「うっ…」

 語気を強めると小日向は目を伏せ、小さく唸った。
 これ以上この場にいる必要はないと判断した俺は小日向に背を向けて歩き出した。
 身を翻したときに、バスケットを持つ腕が僅かに震えていたように見えたが、俺はそれから敢えて視線を外した。

「あの…っ!」

 数歩足を進めたとき、後方から震えた声で呼びかけられる。
 立ち止まり、顔だけを向けると眉を下げながらも必死に笑顔を作ろうとしている少女の姿が目に入った。
 そして、やや小ぶりな唇から紡がれた言葉は。

「あの、手紙に好きに使っていいって書いてくれましたよね?」
「……ああ」
「だから、私は冥加さんにお礼をしたくてお菓子を作るためにフルーツを使いました。気に入らなかったら、処分してくれて構いません。だから受け取ってもらえませんか?」

 それは、どこかで聴いたような台詞だった。
 否、聴いたのではない。

 “好きに使え。気に食わなければ、処分して構わん”

 昨日、自分が書いたのだ。小日向への贈り物に添えた手紙に。

「……頑固な女だ」

 嘆息と共に無意識にそんな言葉が出て、気づいたら小日向のもとに足を進めていた。

「俺は甘いものを好かん。だが、今回だけだ」

 未だに差し出されているバスケットをやや強引に奪い取り、釘を刺すように告げる。

「ご、ごめんなさい! 今度は甘さ控えめで作ってきますね!」
「……今回だけだと言っている」

 どこまでも話を聞かない少女を睨むと、対する者は満面の笑みを浮かべていて。
 何がそんなに嬉しいんだ、と問いたくもなかったが、その陽光のような微笑みには何を言っても敵わないだろう。
 俺は眩しさから視線を逸らすように、再び小日向に背を向けた。
 足早に歩を進めながら、目蓋を閉じても浮かび上がる少女の顔を懸命に払う。
 けれど、それは徒労でしかなく。
 手に感じるバスケットの重みのようにしっかりと、その笑顔は俺の脳裏に刻まれたようだった。





 場合によっては毎日お礼をくれる律儀な冥加さんが好きです。
 それにしても、バスケットを携えた冥加さんの姿はあまり思い浮かべたくありませんね(失礼な)



 2010.4.9.up