*兄様といもうと*


「枝織ちゃんって本当の妹みたい」

 全ては、かなでのこの一言から始まった。
 休日の昼下がり、その日もかなでは冥加の自宅を訪れていた。手土産として持ってきた洋菓子を並べ、枝織が紅茶を入れて、卓を囲んで二人で談笑する。
 ここに訪れたばかりのときは、枝織の部屋で行われていたこの小さなお茶会も、回を増した今では当然のようにリビングで催されている。
 学園の運営などの仕事に追われる冥加は休日でも自室に籠もることが多いのだが、最近ではなぜか妹にリビングに連れ出されては、このお茶会に無理矢理参加させられるようになっていた。
 主に話すのは少女二人であるが、その和やかなひとときに冥加自身も安らぎを感じているのも確かで。
 連れ出された当初は渋い表情を隠すことなく表していた冥加だったが、今では少女たちの交わす話題に静かに耳を傾け、かなでの作った洋菓子に密かに舌鼓を打ちながら、彼なりの休息を楽しんでいるのだった。
 そんな中、突然発せられたのが先ほどの言葉である。
 たまに突拍子もない言動をする少女だったが、今日のこの一言も冥加の思考を一時停止させた。
 しかし、言われた方の枝織は満更でもない様子で、「小日向さんがそう思ってくださるのなら嬉しいです」などとにこにこしながら答えている。

「年下の女の子って周りにあまりいなかったんだ。幼なじみも二人とも男の子で、しっかりしてるから私は助けられてばかりだし」
「そうなんですか?」
「うん、女の子の友達もみんなお姉さんみたいなの。だから枝織ちゃんみたいに頼ってもらえると、すごく嬉しくて」

 かなでの言葉に枝織は意外そうに目を丸くしているが、冥加にしてみれば兄の欲目を差し引いても枝織の方がずっとしっかりしているように見えた。しかし、そんなことを言うものなら彼女を慕う妹の反撃を受けかねないので、ここは胸中にのみ留めておく。
 けれど、少女たちの会話は止まらない。

「私にとっても小日向さんは本当の姉様みたいです」
「ほんと? ふふ、嬉しいなぁ。じゃあ私たち友だちだけど姉妹だね」

 よく分からないことを言い出し勝手に盛り上がる二人を見て、冥加は頭を抱えながら深く息を吐いた。

「小日向さんが私の姉様なら、兄様にとっては妹になるんですね」
「なっ…!」
「わ〜冥加さんがお兄ちゃんかぁ」

 枝織の発言のせいでいつの間にか矛先が自分の方にまで向いてしまった。
 二人を無言で睨みつけるも、どちらの目もきらきらと輝いていて。
 ふと、何かを思いついたらしいかなでと冥加の視線がかち合う。間近で見詰められて一瞬どきりとしたが、それも次に投げかけられた言葉で全て掻き消えた。

「玲士お兄ちゃんっ」
「…っ!!」
「あはは、びっくりしました?」
「お、お前…」
「まぁ、兄様ったら嬉しそう」
「枝織、お前はさっきから何を──っ!」
「もう、お茶会の席で声を上げちゃダメだよ、お兄ちゃん」
「そうですよ、兄様」
「くっ…」
「ふふ、妹が二人いたら兄様も形なしですね?」
「……うるさい」

 くすくすと笑っている枝織を恨めしげに睥睨する。
 妹が二人というよりは、この少女二人の前だと自分に勝機はないだろうと冥加は思った。

「でも、冥加さんがお兄ちゃんだったら怖そうだね。律くんよりも厳しいだろうし」
「兄様はとても優しいんですよ」

 他の男と比べるな、とか、本人の前でそういう話をするな、とか色々と文句を言いたかったけれど、結局出たのはこんな言葉で。

「……お前が妹など、こちらから願い下げだ」
「むっ」
「兄様、いじわるなことをおっしゃらないでください」
「…ふん」

 妹に責められ、冥加は視線を他所へ向けた。けれど、この場から立ち去らないのだから、そこまで気分を害した訳ではないのだろう。
 かなでも冥加に言われたことを別段気にしている様子はなく、不貞腐れてしまった青年を見て、ただ目を細めた。でも、一つだけ諦めきれないことがあって。

「枝織ちゃんのお姉ちゃんになりたかったなぁ」
「ふふ、大丈夫ですよ。兄様の頑張り次第では、私たちはすぐに姉妹になれます」
「え?」
「ねぇ、そうですよね兄様?」
「お、お前は…っ」

 同意を求められ、冥加は口ごもるしかなかった。横目でかなでの表情を窺ったが、首を傾げているのみで真意には全く気が付いていないようだった。
 それに関して、安堵するべきか、嘆くべきか。どちらが正しいのかは今の冥加には分からない。
 ただ、自分の苦悩はまだまだ続くだろうという確かな予感だけはあって。
 何も分かっていないかなでと、全てを知った上で自分を焚きつけている妹を目の前にして、冥加はその日一番のため息をついた。





 やりたかったこと→「玲士お兄ちゃん」と義理の姉妹ネタ。
 枝織ちゃんが絡むとうちの冥加さんはこんな扱いのようです(今更)



 2010.4.7.up