*まだ見ぬキミへの恋歌*


 その日、冥加部長はオレの目から見ても分かるくらい機嫌が良かった。
 演奏に対しての指摘は普段と変わらず厳しいけれど、出場を決めていた全国大会に向けての練習に今まで以上に力を入れているようだった。

「君が全国大会にやる気をみせるなんて意外だったな」

 アンサンブルを組んでいる天宮さんもその変化に気づいたのか、目を細め、ヴァイオリンを構える冥加部長に声を掛けた。

「あいつが出場するならば、俺も手を抜く訳にはいかんからな」
「……あいつ?」
「小日向かなで──俺の宿敵だ」

 言葉の重々しさとは裏腹に、そう告げる冥加部長の表情はどこか嬉しそうで。部長が機嫌が良い理由も、その小日向って人にあるんだろうな、とオレはなんとなく直感的に察した。
 それと同時に、冥加部長をこんな表情にさせる小日向って人にも興味が湧いて。

「ああ、君がよく名前を出していた子だね」
「俺とは決して相容れない存在だがな」
「そうなのかい? ふふ、興味深いな」

 会話を続ける二人に視線を向けているときも、かなでって名前なら女の人だろうな、とか、冥加部長と同い年なのかな、とか、やっぱりヴァイオリン奏者なのかな、なんて“彼女”に対する色々な想像がオレの頭の中で巡っていた。
 でも、あんなに完璧な演奏をする冥加部長が宿敵と認めるのだから、きっと凄い人に違いない。それだけは強く確信できた。

「小日向さんってどんな人なんだろう。こ、怖い人なのかな…」
「どうしてだい?」

 オレの零した独り言に冥加部長との話を終えた天宮さんが反応を示したので、少しどきりとした。オレの声が大きかったかなって気になったのもあるけれど、天宮さんは音楽のこと以外には無関心な人だから。

「そ、その、冥加部長があんなにも本気になるってことは、凄い人だと思うんです。でも、女の人なら、少し気が強くて…その、演奏以外でも部長と対等に渡り合える人なのかなって」

 オレにとっては天宮さんも冥加部長と同じくらい尊敬に値する人だ。だから、言葉を選びながら説明すると、天宮さんはどこか視線を宙に向けたままで呟いた。

「ふーん、僕にはそんな子には見えないけれど」
「え?」
「いや、なんでもないよ。それよりも今の君の発言だけど、それって暗に冥加も怖いってことだよね?」
「ええっ、ち、違いますよ!」
「ふふ、君も結構言うね?」
「うう…か、勘弁してください…」

 なんとなく“彼女”のことを知っているような口振りだったから、どこか誤魔化された感じもしたけれど、このときのオレにはそれを訊ねることはできなかった。
 自分の失言に顔を伏せてしまいたくなる。

「でも七海、君も近いうちに出会うことになるかもしれないよ」
「え?」
「彼女も全国大会に出るらしいからね。演奏を聴く機会もあるはずだ」

 天宮さんの言葉にまたどきりとしたけれど、そういえばそうかと納得する。
 “彼女”が全国大会に出場するならば、会場で見かけることができるはずなのだ。一番近いのは、八月初旬に迫った地方大会だろうか。
 冥加部長が望むような演奏もできなくて、代表でもないオレは客席からしか“彼女”を見ることはできないかもしれないけど、それでも十分だと思った。

「そっか、楽しみだなぁ」

 姿も知らない“彼女”の演奏に思いを馳せながら、オレはなんとなく胸が高鳴るのを感じた。
 そして数日後、大会よりも前に“彼女”との出会いを果たしたオレは、“彼女”自身にも惹かれたのだった。





 冥加さんが天音の皆さんにかなでのことを言いふらしている様子だったので(笑)
 どんだけ話しているのか気になるところです。

 あとお気づきでしょうが、この話の天宮はかなでと知り合いだってことを隠してます。いつか言うつもりだけど、まだいいやって感じで(適当な)


 2010.3.17.up