*焦燥する思い*


「ねぇねぇ、響也くんって小日向さんと付き合ってるの?」

 あいつと星奏に来てから、この手の質問を何度受けただろう。

「オレたちは、ただの幼なじみだよ」

 そして、決まってこう返すのは何度目だろう。
 オレの答えに納得がいかないのか、目の前にいる女子たち(確か同じクラスだったはず)の勢いは止まらない。

「ええー、でも響也くんっていつも小日向さんと一緒にいるよね?」
「オケ部にだって、小日向さんと一緒に入ったって聞いたよ」

 別にいつも一緒って訳じゃないし、オケ部にだって入りたくて入った訳でもない。
 でも、そこまで説明するのも正直鬱陶しくて、オレは「それだけだって」と曖昧に笑ってみせた。

 自分たちが好奇の目で見られていることは、オレ自身十分自覚している。まぁ、能天気なあいつは気付いてないかもしれないけれど。
 でも、あいつはあのままでいいと思ってる。そう、あのままでいいんだ、きっと。

「じゃあ、響也くんは今好きな人はいないの?」
「……さあ?」

 なんで、いつもこんな返事しかできないんだろう。もっと上手いかわし方があるだろうにと自分でも思う。
 けれど、目の前の女子たちはオレの答えに「なにそれー」「響也くんっていじわるだね」などと軽く文句を言いつつも、そのまま受け入れているようだった。

 それにしても。
 響也くん。響也くん。響也くん。
 あいつのことは“小日向さん”なのに、なんでオレは“響也くん”なんだよ。
 別に名前で呼ばれること自体は不快ではないのだけれど、なんとなく胸の辺りがざわつく。
 でも、理由など考える必要もないほど明白だ。
 ああ、この生活に戻ったんだなって今更ながら実感する。
 ……そう、すぐ近くにもう一人の“如月”がいるという、この不愉快な生活が。

「なら、小日向さんはどうなのかな?」
「…は?」

 一人の女子からの予期せぬ問いかけに、思わず間抜けな声を出してしまう。
 この切り返しは初めてだ。いつもならば、あいつにまで女子の興味は及ばないのに。

「小日向さんには好きな人っていないの?」

 オレの胸中など関係なしとでも言うかのように、その子はもう一度訊ねてくる。
 その声色には、まるで“幼なじみなら分かるよね”という意味も含まれているようにオレには感じられて。
 この後の展開がなんとなく予想できるからこそ、早くこの場から抜け出したい。逃げてしまいたいという衝動に駆られる。喉が急に渇いて、上手く声が出ない。

「ごめんね、別に小日向さんを悪く言うつもりはないんだけど」

 そう前置きしつつも、その子はどんどんとオレが触れられたくない部分に近づいてくる。

「ここに来たばかりで余り慣れてないのに、オケ部で頑張ってるってのは、正直偉いとは思うんだ。でも、本当にそれだけかなって」
「え? それどういうこと?」
「他にも、何か頑張る理由があるんじゃないかなって思っちゃって。例えばだけど」

 首を傾げる別の女子に、その子は自信なさげに、けれどどこか確信めいた口調で言葉を続けようとする。
 やめてくれ。たとえ、それが単なる憶測だとしても、これ以上は聞きたくない。

「そう、例えば響也くんのおに──」
「知らない」

 続く言葉を掻き消すように、オレは喉の奥から無理矢理声を絞り出した。

「オレは知らない。そういうのは、あいつに聞けよ」

 感情を抑えて発したその声音は、自分のものと認識できないほど低くて。
 一瞬で冷えた空気にオレ自身も冷静さを取り戻すも、急に黙ってしまった女子たちを前にどこか居心地の悪さを感じる。

「ご、ごめんな。役に立てなくてさ」

 これ以上空気を悪くしないように努めて明るく振舞ってみると、オレが言葉を遮ってしまった女子が真っ先に口を開いた。

「ううん、こっちこそごめんね。なんか探るような聞き方をして」

 多分、察しがいいんだろうなと思う。けど、正直今はその勘の鋭さに感謝すら覚えた。

「じゃ、オレ部活あるから……」
「うん、ばいばい」
「また明日ね、響也くん」

 彼女たちに背を向けて、オレはその場からそそくさと立ち去った。
 こういうときだけ、オケ部を理由にする自分に心底嫌気が差した。そして、文字通り何もかもに逃げ続けている自分に。

「……そろそろ、向き合わなきゃな」

 ヴァイオリンにも、あのクソ兄貴にも、そして自分自身の気持ちにも。
 独り言のように呟いて、オレは足早に音楽室に向かった。





 編入当初のかなでと兄弟は周囲からこう見えるんだろうなぁ、という妄想からの産物。
 弟くんは色々と溜め込んでそうに見えます。
 初めから矢印は出てなくても、かなでのことを気にして、兄との関係にやきもきしていたらいいと思う。


 2009.12.27.up