*bitter&sweet*


「大地先輩、ちゃんと糖分を摂っていますか?」

 放課後、図書室で勉強をしていた榊は、隣に座るかなでに唐突に問われ、その目を瞬かせた。

「ん〜、まぁそれなりには」
「でも、大地先輩って甘いもの苦手なんですよね?」
「よく覚えてたね」
「もちろんです」

 自分の嗜好についてしっかりと心得てくれている恋人の言葉に、榊は少し照れくささを感じつつも、やはり素直に嬉しくて。
 そんな小さな幸せを噛み締めていると、かなでは笑顔のまま空いている席に置いていた自分のスクールバッグに手を掛けた。

「あの、脳の疲れには糖分がいいって聞きますよね、良かったら食べてください」

 少しだけ頬を赤らめながらそう言って、バッグの中から綺麗にラッピングされた小さな袋を取り出す。

「ひなちゃん、これって…?」
「チョコレート、昨日作ったんです。甘さもできるだけ控えめにしました」

 差し出された袋を受け取ると、その小ささの割にはずしりと重く。
 きっと大学受験を控えた自分のために用意してくれたのだろうと、その思いだけで榊の胸は熱くなる。

「俺のためにありがとう、ひなちゃん」
「私、勉強のお手伝いはできないですけど、いつも大地先輩のことを応援していますから」

 そんな健気なことを言う可愛い恋人を思わず抱きしめたくなってしまったが、ここは図書室の中だと、なけなしの理性で抑えてみせた。
 それならば、と。視線が向くのは手元にある小さな袋である。

「それじゃあ、早速一ついただこうかな」
「え、でも、図書室って飲食禁止じゃ…」
「俺の脳は、今糖分を欲してるんだよ」

 これ以上何かを我慢することなんてできないと、榊は爽やかな笑顔でかなでの制止をかわした。
 そんな表情を向けられたら、かなでの方も強くは言えない。自分だって、本当は早く食べてもらいたいのだから。
 結ばれたリボンを解き、袋から小さなクリスタルパックに包まれたビターチョコを一つ取り出す。それはハートの形をしていて、「かわいいね」と素直に感想を述べたら、かなでは頬を染め、顔を伏せてしまった。
 その仕草さえも愛らしく、ふふっと笑みが零れるのを抑えつつ、榊は手にしたチョコをゆっくりと口に含んだ。
 濃厚なチョコが舌の上で溶け、心地よい苦味が口内を満たす。

「うん、美味しい。ありがとう、ひなちゃん」
「……よかった」

 榊が見せた笑顔に、顔を上げたかなでもほっと息を漏らす。
 これならいくつでも食べられそうだと、二つ目を取り出そうとしたとき、かなでが不安そうな表情で榊を見上げた。

「……でも」
「ん?」
「これでちゃんと糖分を摂取できてるんでしょうか」
「どうしてだい?」
「だって、もっと甘い方が効果があるような気がするんです」

 かなでの言葉になるほどと榊は頭を捻る。
 自分はかなでがチョコを作ってくれただけでも嬉しいのだが、彼女には糖分を摂らせたいという狙いもあったわけで。

「それなら、いい考えがあるよ。こっちへおいで、ひなちゃん」

 榊に手招きをされ、かなでは不思議に思いつつも、椅子を少しだけ彼の方に寄せた。

「もうちょっとこっち」
「は、はい」
「あのね──」

 榊が自分の口に手を翳したので、てっきり内緒話でもするのかと思って、上体だけを更に近づけたら。

「……っ!」

 かなでの唇にそっと柔らかなものが触れた。
 それは紛れもなく大好きな人の……で。

「うん、甘いから大丈夫」

 今起こったことにも頭がついていけていないのに、目の前の恋人は満足そうにそんなことを言ってウィンクまで見せるものだから。

「…………苦いもん」

 嬉しいけれど、やっぱりずるい。
 顔が火照っていくのを感じながら、精一杯の抗議の意味も込めて、かなではぽつりと呟いた。





 ……榊さん(笑)
 すみません、悪いのは私です。

 ところで、甘いものが苦手らしいのにゲーム内でイチゴのサンデー食べてましたよねー(笑)
 ファンからの差し入れだったから食べたのかな


 2010.3.16.up